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彷徨する自由帖

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夏目漱石の楽しい邸宅見学《カーライル博物館》|日本の近代文学

 

 

 

 

参考サイト・書籍:

青空文庫(電子図書館)

倫敦塔・幻影の盾(著・夏目漱石 / 岩波文庫)

 

 夏目漱石が自らの留学体験をもとに著した、ほとんど随筆に近い短編小説。そのうちのひとつに「倫敦塔」があり、それと様々な点で対になるような位置づけの作品が、この「カーライル博物館」だった。

 わずかなページ数に彼独自の視点と文章表現の良さが凝縮されていて、さらに邸宅見学を好む読者としても、まるでお手本みたいだと感心する一編。ことあるごとに参考にしている。

 では、自分は具体的にどんな部分に惹かれているのか、順を追って考えた。

 

目次:

 

《カーライル博物館》夏目漱石

  • 作品の概要

 はじめに「カーライル博物館」が掲載されたのは、明治38(1905)年に丸善から発行された雑誌『学燈』の1月号。そして、明治39年(1906)年の5月には本文と挿画をそれぞれ担当したふたつの出版社の合同で『漾虚集(ようきょしゅう)』という本が制作されており、そこにも収録されるに至った。

 秀逸なタイトルである。

 虚構を漾(ただよ)う、と書いて漾虚としている。

 収められている「倫敦塔」「幻影の盾」「薤露行」など他の短編も含め、言葉通りすべての物語に幻想の香りが漂う1冊で、装丁もかなり凝ったものであったという。現在は国立国会図書館のサイト上でその本文が公開されており、誰でも当時の中身を確かめることができる。

 

 

 覗いてみるとわかるのだが、扉絵や目次のページに施されている装飾的な図柄は、アール・ヌーヴォーの工芸品を強く彷彿とさせる趣。それもそのはず、漱石がイギリスに留学していたのは、ウィリアム・モリスが主導したアーツ・アンド・クラフツ運動の影響を色濃く残す時代だったためだ。

 その流れを汲んだ作品に刺激され、自分でも文学と芸術とを融合させた新しい試みに着手してみたい……と考えたのは自然な成り行きだっただろう。

 同時代の作品だと「吾輩は猫である」など、『漾虚集』と同じく橋口五葉に依頼した本の装丁にも印象的な色彩と形態の工夫がみられる。

 

 上を踏まえたうえで今作品のあらすじを辿りながら、無意識と意識の境界に材をとった「夢十夜」とはまた雰囲気の異なる、異国で展開された漱石の幻想世界へと改めて漕ぎ出してみよう。

 

  • 楽しいポイント

邸宅見学へ赴き、感じる語り手

 夏目漱石本人を思わせる「余」が今作の語り手。

 彼は夕食の前にテムズ川沿いを散歩するのが日課で、いつも川辺のベンチに腰掛けては対岸——すなわちチェルシー地区の方を眺めるたび、スコットランド生まれの偉人であるトーマス・カーライルとひとりの演説者にまつわるエピソードを思い出していた。作品の冒頭部分はその空想の情景になっている。

 ロンドンの街に特有の濃く深い霧の中から、あたかも遠い場所、今ではない時間に存在する世界さえ浮かび上がりそうだと身構えた瞬間、ぽつぽつと点り始めるガス灯の明かりが意識を現在地に引き戻す。

 

カーライルはおらぬ。演説者も死んだであろう。しかしチェルシーは以前のごとく存在している。否彼の多年住み古した家屋敷さえ今なお儼然と保存せられてある。千七百八年チェイン・ロウが出来てより以来幾多の主人を迎え幾多の主人を送ったかは知らぬがとにかく今日まで昔のままで残っている。

 

(夏目漱石「倫敦塔・幻影の盾」(1990) 岩波文庫 収録「カーライル博物館」p.33)

 

 この短編で展開される幻想描写が「倫敦塔」と大きく趣向を異にする要素、それがすでに冒頭で片鱗を見せている。

 現実と幻想が曖昧に混じり合い、歩みを進める身体ごと過去という水流に飲み込まれるような様子とは違って、「カーライル博物館」はあくまでも実際のロンドンの街に立って過去を振り返るという体裁を崩さない。

 そう、まさに博物館の棚に保存された品々をガラス越しに眺めるかの如く、昔の面影を想起する。

 もういないカーライル、しかしいまだ残る彼の家とチェルシー地区、そして刻々と姿を変えていくロンドンの街に順々と視線を向けながら。......余談だが、私がかつて留学していたのもチェルシーにある大学だった。

 

 語り手は6ペンス(当時の値段)で公開されているカーライルの旧宅に赴き、その著作で述べられていた家の特徴を実際に見出そうとした。

 カーライル曰く、当時の彼の邸宅からは茂る葉の木株、みどりの野原、その合間に勾配の急な赤い屋根の家々が望めたという。西風の吹く眺めが晴れやかで、心地よかったのだと。しかし……

 

余は茂る葉を見ようと思い、青き野を眺めようと思うて実は裏の窓から首を出したのである。首はすでに二返ばかり出したが青いものも何にも見えぬ。右に家が見える。左に家が見える。向こうにも家が見える。その上には鉛色の空が一面に胃病やみのように不精無精に垂れかかっているのみである。

 

(夏目漱石「倫敦塔・幻影の盾」(1990) 岩波文庫 収録「カーライル博物館」p.37)

 

 家は変わらずそこにあっても、周囲を取り巻く環境は大きく変わった。「ロンドン」と呼ばれる領域は拡大し続け、カーライルが生きた頃に存在していた自然の面影も、多くが残っていない。

 いまや数十万の人々が暮らし、数百万の物音で溢れた街——。

 

 非常に神経質な性格だったカーライルはこの家を4階建てとし、生活音、人間の声、動物の声などから逃れて思索と執筆に専念したがった。詳しくは後述するが、その性質が家の造りにも表れている。

 あらゆる雑音から身を遠ざけ、逃れようと試みた者。

 カーライルの感覚に、おそらくは少なからず共感していたであろう語り手が、最上階の部屋でかすかな喜びに似たものを感じ、やがて階段を下ってくる際の描写が印象的。

 

一層を下るごとに下界に近づくような心持ちがする。冥想の皮が剥げるごとく感ぜらるる。階段を降り切って最下の欄干に倚って通りを眺めた時にはついに依然たる一個の俗人となり了ってしまった。

 

(夏目漱石「倫敦塔・幻影の盾」(1990) 岩波文庫 収録「カーライル博物館」p.41)

 

 保存邸宅は過去と、かつてそこに生きた者の幻想に、訪問者を浸らせる。再び街の喧騒の中へと出てゆけば、たちまち霧散してしまう儚い何かをもって。

 帰宅の途につき、ロンドンの塵と煤と、車馬の音と、テムズ川によって彼とカーライル博物館との距離は隔てられた。この最後の余韻も、カーライル本人の晩年の姿を想起してから描写されたものたちと重なり、味わい深い。

 そんな彼の邸宅が一体どのような様子だったのか、本文を読んでみた。

 

カーライルの庵(いおり)の様子

 チェイン・ロウという小路に面した24番地、そこにカーライル博物館は建っている。

 外観を端的に形容するならば「四角」の語に当てはめられるそうだ。一貫してその特徴が繰り返し、読者の側へすり込むように描写される。

 

カーライルの庵はそんな脂っこい華奢なものではない。往来から直ちに戸が敲けるほどの道傍に建てられた四階造りの真四角な家である。
出張った所も引き込んだ所もないのべつに真直に立っている。まるで大製造場の煙突の根本を切ってきてこれに天井を張って窓をつけたように見える。

 

(夏目漱石「倫敦塔・幻影の盾」(1990) 岩波文庫 収録「カーライル博物館」p.34)

眼の下に十坪ほどの庭がある。右も左もまた向うも石の高塀で仕切られてその形はやはり四角である。四角はどこまでもこの家の附属物かと思う。


(夏目漱石「倫敦塔・幻影の盾」(1990) 岩波文庫 収録「カーライル博物館」p.36-37)

 

 切り取った煙突のような、4階造りの真四角な家ときて、さらにカーライル自身の暮らしも「四角四面」なものであったと述べられるところが面白い。極めつけに庭も四角いのだと。

 この邸宅で何より特徴的なのは、前の項でも言及した最上階の部分。

 住民であるカーライル自身の設計で作られた彼の書斎で、天井に明かり取りのガラス窓が付き、頭上を仰げば何にも遮られることのない空が広がっている。しかし雨の多いロンドンの街だから、きっと太陽よりも曇天に睥睨される日の方が多かっただろう。

 彼は開け放った窓から忍び込んでくる数々の物音に思索を遮られ、気が散ることに悩まされていたためか、この書斎の壁を二重にした。一定の効果はあげられたものの、今度は下階に住んでいるとさほど気にならなかった鐘の音や汽笛に苛まれることになる……。

 

隅に大きな竈がある。婆さんは例の朗読調をもって「千八百四十四年十月十二日有名なる詩人テニソンが初めてカーライルを訪問した時彼ら両人はこの竈の前に対坐して互に煙草を燻らすのみにて二時間の間一言も交えなかったのであります」という。

 

(夏目漱石「倫敦塔・幻影の盾」(1990) 岩波文庫 収録「カーライル博物館」p.41)

 

 地下の台所に下りた語り手は、案内のお婆さんが語る上のエピソードから、カーライルが無音の静寂を愛したが故にそうしていたのだろうかと思いを馳せた。天窓のある書斎でも、台所のある地下でも変わらずに。

 邸宅には住民の暮らしが反映される。

 博物館として保存された家を見学する楽しみのひとつは、それらを読み取りながら、過去に束の間だけ意識を飛ばすこと。大都市の片隅に残る真四角の家を立ち去れば、現代の事物が自分とそこに流れていた時間とを隔て、ある種不思議な体験に幕を引く。

 

一時間の後倫敦の塵と煤と車馬の音とテームス河とはカーライルの家を別世界のごとく遠き方へと隔てた。

 

(夏目漱石「倫敦塔・幻影の盾」(1990) 岩波文庫 収録「カーライル博物館」p.42)

 

 私もまた未訪問の公開邸宅に足を運びたい。

 

「カーライル博物館」はパブリックドメイン作品で、以下のリンクから全文が読めるので、興味をそそられた方はぜひ。

夏目漱石 - カーライル博物館 全文|青空文庫

 

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 同じ本『漾虚集』に収録されていた「倫敦塔」について: