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夏目漱石《行人》- この世でたった一つ(愚かにも盲目になれるほど)信じられるものがあったなら|日本の近代文学

 

 

 

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書籍:

行人(著:夏目漱石 / 新潮文庫)

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《行人》で描かれている苦悩

「死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教に入るか。僕の前途にはこの三つのものしかない」
兄さんは果してこう云い出しました。その時兄さんの顔は、寧ろ絶望の谷に赴く人の様に見えました。

 

(新潮文庫「行人」(1952) 著:夏目漱石 p.427)

 

 人間、生き物が生存を続けるうえで、「真摯な思考」よりも「盲目的な崇拝」の方が幸福に近い状態だという事実は、あまりに苦しすぎる。また大抵の場合、崇拝は無意識に行われていて、信念や希望という概念がそもそも何かに目を瞑ることで成り立っている事実には、ほとんど言及されない。

 いっそひと思いに狂った方がマシなのではないかと感じるくらいに、それは、つらいことだ。

 少なくとも、目の前にあるものと向き合い、真面目に思考することを尊いと感じられるだけの神経を持ち合わせた人間にとっては。

 私が「行人」を読んでいて、最も胸に迫ってくるのが上記の問題。

 それから、苦悩する一郎と、苦悩している一郎を取り巻く人たちの苦悩が。

 

  • 「本物」を探している一郎

 純粋のもの、自然が醸すもの、神聖なもの。

 本文中の言葉を借りるなら、それらが一郎にとっての本物だ。

 決していいかげんな挨拶の類ではなく、世間の手前や義理に隠されない本音とか、頭で考えるよりも雄弁に、心が語るものとか。彼はそれらに触れたいと思っている。「本当のこと」を知りたがっている。

 

「噫々女も気狂にして見なくっちゃ、本体は到底解らないのかな」

 

(新潮文庫「行人」(1952) 著:夏目漱石 p.125)

 

 社会的な理由とか、正当性とか、道徳とか、後付けの要素ではないもの、自然に湧き上がってくる感情、また、為される行動。

 触れたいし、知りたいのだ。それらを。この世の中で、どこか信じるに値するように思える、数少ないものだから。

 

「人間の作った夫婦という関係よりも、自然が醸した恋愛の方が、実際神聖だから、それで時を経るに従がって、狭い社会の作った窮屈な道徳を脱ぎ棄てて、大きな自然の法則を賛美する声だけが、我々の耳を刺激するように残るのではなかろうか。
(中略)
あとへ残るのはどうしても青天と白日、即ちパオロとフランチェスカさ」

 

新潮文庫「行人」(1952) 著:夏目漱石 p.291-292)

 

 けれど理性を越えて有るその領域に近付くことは、容易ではない。

 何よりも彼自身が己に、また他人にも、思考の放棄を許さないだろう。それは理想的な態度ではない、と判断しているから。

 

 そんな彼の持つ性質は、たとえば何かに深く耽溺したり、陶酔したり……いわゆる多くの人間がそうすることで、ままならない人生をどうにかして送ろうとする行為に身をやつすことを是としないし、できない。

 思考することが全ての基盤になっている。

 それゆえ聡明で、だからこそ、ひどく苦しむ。

 

「ああ己はどうしても信じられない。どうしても信じられない。ただ考えて、考えて、考えるだけだ。二郎、どうか己を信じられる様にして呉れ」

 

(新潮文庫「行人」(1952) 著:夏目漱石 p.149)

 

 信じるというのは、何かに対してとある面で盲目になるということ。

 一郎は(そして読者である私も)どうしてもその行為や感覚に身をゆだねられない。なぜなら、思考を放棄するのは、ひどく愚かな者がすることの筆頭に思えているから。

 

「それを超越するのが宗教なんじゃありますまいか。僕なんぞは馬鹿だから仕方がないが、兄さんは何でも能く考える性質だから……」
「考えるだけで誰が宗教心に近づける。宗教は考えるものじゃない、信じるものだ」

 

(新潮文庫「行人」(1952) 著:夏目漱石 p.149)

 

 もしも、理屈を超えてなりふり構わず信じられる対象が彼の眼前に出現したならば、それこそが「本物」であり、邂逅は一郎の苦悩の終焉を意味する。

 彼は自分の妻である直と己との関係性がそうであったなら良かったのにと願い、また、もしかしたら本当にそうかもしれないという一縷の望みを捨てられず、弟の二郎にも協力を仰いで色々なことを「確かめよう」とするのだ。

 けれどその研鑽的態度は、信仰・崇拝(すなわち盲目や幸福)からはほど遠い。

 決して開き直らず自分を肯定しない誠実さ、真面目に何かを知ろうとする態度と根本的な性質こそが、一郎を苦しめ続ける。

 

 

 

 

  • 鋭敏な感覚を持つ難儀さについて

 本物を探している彼は、本物ではないもの、すなわち偽物の存在が許せない。

 自分自身ですらその範疇に入れられている節がある。

 

「自分に誠実でないものは、決して他人に誠実であり得ない」

 

(新潮文庫「行人」(1952) 著:夏目漱石 p.421)

 

 とか、以下の家族に対する評にも滲み出ている孤独、痛ましさ。

 

兄さんの眼には御父さんも御母さんも偽の器なのです。細君は殊にそう見えるらしいのです。

 

(新潮文庫「行人」(1952) 著:夏目漱石 p.423)

 

 元々の、本物に出会いたいという強い想いが、もはや本物でなくては全てが虚しいだけで、何の価値も無いものだとでも判断するところまで到達してしまっている。

 そうして、一郎の基準に合致しないものはすべて「偽」なのだとされる。特筆すべきは、彼はきちんと周囲のあらゆる要素を加味し、じっくり考えたうえでこの結論に至っており、理由を尋ねればその筋は通っているという部分。理屈の上では……。

 そして問題は、人間や他の生き物は、単純に理屈の上だけに存在しているわけではない、の一点に集約される。

 だから突き詰めてしまえば説明も解決もできないのに、一郎は、本文中の言葉を借りるなら「天賦の能力と教養の工夫とで」鋭い視点を持ち、物事を深く思考することができてしまうから、こんなにも苦しまなくてはならない。

 この世に、人間社会に、ただ存在しているだけで。

 

兄さんは鋭敏な人です。美的にも倫理的にも、智的にも鋭敏過ぎて、つまり自分を苦しめに生れて来たような結果に陥っています。兄さんには甲でも乙でも構わないという鈍な所がありません。
(中略)
従って兄さんは美的にも智的にも乃至倫理的にも自分程進んでいない世の中を忌むのです。だから唯の我儘とは違うでしょう。

 

(新潮文庫「行人」(1952) 著:夏目漱石 p.426)

 

 一郎の友人であるHさんいわく、何という窮屈なことだろう、できることならその苦しみから救い出したい、とすら表現される彼。

 繊細で尊い人、その性質。

 

 

 

 

  • この世で信じられるものの不在

 一郎は「考える」ことができる側の人間だ。つまり、思考をやめて馬鹿になることができない。盲目に何かを信じることができない。

 皮肉なことに、そうすると永劫に心は休まらないのだった。人にはどうやら、心を空にして過ごす時間というのが絶対に必要らしいから。幸福になるためには、幸福について考えるのではなく、何も考えないことで初めてそこに近づける。

 客観的事実や状況でなく、肝心なのは主観なのだ。己が幸福であるという実感さえあれば。

 けれど、彼は何も考えていない人間の醜さが嫌いだし、もしも自分がそうなってしまうことを想像すると、とても耐えられないのだろう。 

 

昔から内省の力に勝っていた兄さんは、あまり考えた結果として、今はこの力の威圧に苦しみ出しているのです。兄さんは自分の心がどんな状態にあろうとも、一応それを振り返って吟味した上でないと、決して前へ進めなくなっています。
(中略)
食事中一分毎に電話口へ呼び出されるのと同じ事で、苦しいに違ありません。

 

(新潮文庫「行人」(1952) 著:夏目漱石 p.428)

 

 そしてHさんによる、核心をつく一文が手紙に記される。

 

兄さんは詰まる所二つの心に支配されていて、その二つの心が嫁と姑の様に朝から晩まで責めたり、責められたりしているために、寸時の安心も得られないのです。

 

(新潮文庫「行人」(1952) 著:夏目漱石 p.428-429)

 

 こんなにも苦しいことってあるだろうか?

 一人の自分が何かをすれば、必ずもう一人の自分がそれを観察していて、逐一何らかの評価を下したり見解を述べたりする。無心になるということができない。つらすぎる。

 この世において、ひたすら深く耽溺するように、陶酔するようにして、のめり込める対象……すなわち絶対的に信じられるものを、一つも持ち得ないとはこういうことだ。だから、周囲の人間にこう願われる。

 

私は天下にありとあらゆる芸術品、高山大河、もしくは美人、何でも構わないから、兄さんの心を悉皆奪い尽して、少しの研究的態度も萌し得ない程なものを、兄さんに与えたいのです。そうして約一年ばかり、寸時の間断なく、その全勢力の支配を受けさせたいのです。
(中略)
神を信じない兄さんは、其処に至って始めて世の中に落ち着けるのでしょう。

 

(夏目漱石「行人」(2011) 新潮文庫 p.454)

 

 これが大正時代初期に新聞上で連載されていたのだから、恐れ入る。

 この令和の世、多くの人が一郎に共通する苦悩を抱えながら生きているのだろう。もちろん、私もそのうちの一人だ。

 

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 パブリックドメイン作品なので、以下のリンクから全文が読めます。

行人 - 夏目漱石|青空文庫

 紙の書籍はこちら:

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