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彷徨する自由帖

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愛蔵版《シェーラ姫の冒険》と《新シェーラ姫の冒険》|人間を愛する魔神たちのまなざし

 

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 まだ幼いころ夢中になって読んだだけでなく、いまでも自分の心を捉えて離さない。

 もしも、そんな児童文学作品をひとつ選んで挙げなさいと言われたら、私は間違いなく「シェーラ姫の冒険です」と答えるだろう。

目次:

書籍:

シェーラ姫の冒険 愛蔵版 [全2巻](著・村山早紀 / 絵・佐竹美保 / 童心社)

新シェーラ姫の冒険 愛蔵版 [全2巻](著・村山早紀 / 絵・佐竹美保 / 童心社)

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 先日、注文していた上の二作品が手元に届いた。

 それからすぐにページを開いて読み始め、かつて夢中になった物語に大人になってからまた没入する、この愛しくも不思議な感覚を存分に楽しんでいたところだ。

 現在の私を生かしているのは、こういう読書体験そのものなのだと改めて実感した。

 

 主に1990~2000年ごろ生まれた方々の中で、児童書ブランドのフォア文庫から発刊された「シェーラひめのぼうけん」のタイトルを知っている、あるいは幼少期を実際にその本と共に過ごした、と振り返る人の数は決して少なくない。

 フォア文庫版の刊行から約20年の時が経過して、シェーラ姫の冒険、そして続編である新シェーラ姫の冒険愛蔵版としてよみがえり、また新しい歴史を刻もうとしている。

 この記事では、私の個人的な物語への想いを綴るのに加えて、何度読み返してもぐっとくる部分を抽出して紹介したい。

 

※ここから先、おおまかな筋書き登場人物の特徴などに軽く触れているので、それらを知る前に作品を読みたい派の方はブラウザバックして、ぜひ書店やオンライン販売ページへ……!

思い出に刻まれた物語

  • シェーラ姫の冒険

 出会いはたしか、小学1年生の頃だった。

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 場所は意外にも、図書室ではなく教室だったと記憶している。担任の先生がいくつかのおすすめ書籍を教壇脇の棚に置いていて、生徒は休み時間にそこから好きな一冊を選び、自由に借りることができたのだ。

 その棚の隅にあったのが、他でもない「シェーラひめのぼうけん」第1巻の「魔神の指輪」と、第2巻の「うしなわれた秘宝」だった。

 魅力的な表紙と挿画は当時から佐竹美保氏が手掛けていて、遠い異国を思わせる衣装を着た子供たちと建物、また空を飛んでいる絨毯などのヴィシュアルに惹かれて、私は手を伸ばした。

 

 危機に見舞われた王国を救うため、仲間と共に姫君が旅に出る。

 そんな王道のわくわくする物語は、自分の現在の生活にも繋がる、さまざまな興味の原点を心の中に刻んでくれた。今では頻繁に旅行をするようになったのも、遠く離れた土地のことを調べる面白さを知ったのも、こんな風にむかし触れた文学作品から影響を受けている部分もきっと大きい。

 

 巻ごとに展開される、作中世界の地域ごとの風景や文化的な要素に加えて、もうひとつ特筆したいのは魅力的な登場人物たちの造形と心情描写である。

 たとえば、可憐な容姿と怪力を持つシェーラザード王国の姫・シェーラは、いつも前向きで明るく、優しさと強い正義感をあわせ持つ、まさに児童文学の主人公らしいキャラクターだ。

 けれど一方では、立派な王であった父と自分の現状を比べて力不足を嘆いたり、自分は子供としてどう思われていたのか、本当に愛されていたのかと悩んだりする場面も見られる。

 

 それから彼女に付き従う魔法使いの少年・ファリード。聡明で地道な努力家でもあるが、自分に自信がなく、悩みながらもシェーラの力になりたいと願い、そばで支え続けている幼馴染だ。

 そんな彼が抱えた幼少期のトラウマや父母との関係、家庭環境もかなり複雑なもの。物語の中盤で彼自身が発した「ぼくは身のうちに闇を抱えている」という言葉に、どきりとさせられた読者も少なくはないはず……。

 

 また個人的に、海賊船の船長シンドバッドには非常に色々なことを考えさせられた。

 積極的に死地へと身を投じるわけではないけれど、いつも心に空虚さを飼っていて、いざとなれば自分の命をためらいなく捨てられる危うさがある。だからこそ英雄的な働きができ周囲からは賞賛されるが、分かる人にはその後ろ暗さが透けてしまうという、幼少期の自分にとってはなんだか深遠なキャラクターだった。

 

 それらを大人になってから読み返して、はじめて認識できる味わい深さがあるのも、シェーラ姫の冒険の特徴だと思う。

 

 

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  • 新シェーラ姫の冒険

 さて、大いなる脅威との戦いに勝ち、王国へと帰った姫君と魔法使いの物語は、やがて子供たちへと受け継がれた……。それが続編である新シェーラ姫の冒険の幕開け。

 古に存在した、魔法使いの王国と錬金術の王国との争いをきっかけに引き起こされた災禍が、永い時間をこえて形を変え、また人々の前に立ちはだかることになる。活路を見出すための旅の途中、少年少女はたくさんの人々に出会う。

 

 ここで正直に白状したいのだが、私は小学生だった当時、新シェーラの第9巻である「死をうたう少年」の時点で、お話を読むのをやめてしまっていた。だから今回購入した愛蔵版で、はじめて物語の結末に触れることになったのだ。

 理由として、その頃の自分は新シェーラで描かれていた大きなテーマや課題を、実感をもって受け止めることができなかったからだと思う。

 

 新シェーラを再読してみてまず感じたのは、前作に比べても、登場人物の葛藤や世界に対する向き合い方が、かなり現在の私たちに近い場所にあるのだということだった。それは……

  • 他人から見た自分という存在には、果たして価値があるのだろうか?
  • また、人間の価値は何によって定義されるのだろうか?
  • そもそも、幾度となく過ちを繰り返し続ける人類に、存在する意義はあるのだろうか?

 のような、普遍的かつ根源的な問い。この世界に生きて、一度でも物事を深く考えたことがある人であれば、必ずぶつかる壁のようなもの。

 

 今でこそそれらについて悩み、答えを探しながら歩む毎日だが、きっと小学校低学年の私にはまだ難しかったのだろう。それは、ある意味では幸せなことだったのかもしれないが……(別に昔へ戻りたくはないのだけれど)。

 この部分からは、児童向けの文庫でこういったテーマをごまかすことなく追求しようとした、作者の村山先生の想いを感じられる気がする。

 子供だった頃にきちんと受け止められなかった物語は、しばらくの時を経て、大人になったひとりの読者のもとにしっかり届きました、と叶うならば伝えたい。

 

人を愛する魔神たちのまなざし

 ここからはごくごく個人的な好みによる、「シェーラ姫の冒険」と「新シェーラ姫の冒険」のなかで、特に推したい要素をつらつらと語ることにする。よかったらついてきて下さると嬉しい。

 物語を通して読者の私が心を傾けてやまないのは、何といっても魔神たちの存在だ。

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 シェーラたちの生きる世界には、一概に魔神といってもかなり多様な種類が存在する。

 格の高いものもいれば低級のものもいて、善良であったり、邪悪であったり、あるいはそのどちらでもなかったり。自然のエレメントから生まれたものもいれば人工のものもいる。

 魔神同士は過度に干渉しないのを不文律としていて、互いの契約を尊重するため、魔神によってかけられた呪いはその張本人でなければ基本的には解くことができないらしい。それこそ、神さまでもないかぎり……。

 

 シェーラ姫とその娘たちにも、それより遥か昔に生きた王や王子、姫君たちにも、まるで友人のようにそっと寄り添う魔神たちがいた。私は、彼らのことが本当に好きだ。

 彼らが愛おしい人間を見守るときの、慈愛に満ちた、どうしようもなく切ないまなざしが好きなのだ。

 いくど月日を重ねても変わらず、永遠に近い時を生き続ける魔神たちにとって、有限の命を持つヒトの存在はとても儚い。どれほど共にいたいと願ってもいつかは必ず別れが訪れる。それを悲しんで何らかの行動に移したり、反対に世の摂理であるのだと受け入れたりする際の想いが、胸を打つ。

 

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「シェーラ姫の冒険」と「新シェーラ姫の冒険」を通して、特に愛した人間との関わりが多く描写されている魔神が、三体いる。ここでは、本編で登場する時系列とはあえて逆の順番に紹介してみたい。

 

  • 錬金術の王国の魔神

 魔神に性別の概念はないけれど、人の青年のような姿をとっていたこの魔神のことは、便宜上「彼」と呼んでみる。土と水から生まれた存在なのだそうだ。

 遠い過去、錬金術の王国で守護神として祀られていた彼は、とても賢く優しいその国の王子を深く愛していた。けれど王子はあるとき未来を垣間見て、いずれ自分は大人になれないまま死んでしまうことと、王国も同じように滅びる運命にあることを知ってしまう。

 それを恐れた王子は、よき友人だった魔神の力を借りて、この世界から少し位相のずれた荒野に黒水晶と雲母でできた屋敷を建て、そこへ逃げ込むことにしたのだ。永劫に時間を止めて……だんだんとほころぶ身体は、からくりへと作り替えて。

 

錬金術の王国の王子は、そうして時から切り離されました。
遠い昔、二つの大国の争いが終わるより前のこと、砂漠にシェーラザード王国ができる、それよりも何千年も昔の、遠い時代のことでした。

 

(童心社 愛蔵版 新シェーラ姫の冒険(2021) 著・村山早紀 下巻p.291)

 

 自分の国が戦争で滅んでも、彼はその屋敷で音楽を奏でながら、己ひとりだけが助かるための選択をした後悔を抱えて過ごしている。

 そうして、いつも悲しそうにうなだれている王子のそばに、見えないけれども魔神はずっといて、荒野で彼のために涙を流す。それでも決して離れずに、そばで見守っているのだった。

 言葉にできないくらい美しい関係性だと思う。

 この王子が最終的に何を選択したのかは、実際に「新シェーラ姫の冒険」の本編を読めば明らかになるだろう。

 

  • 夢魔の王 翼持つものラーニャ

 魔神は自らが好むものにその姿を変えることができるそうだ。

 ならば、背中に輝く翼を持つ、大きな銀色のペルシャ猫として過ごしているこの魔神は、果たしてどんな性格をしているのだろうか? ……きっと気まぐれかつ悪戯好きで、好奇心旺盛で、己が認めた者に対しては比類なき愛情を注ごうとするタイプだろう。

 火と風と土から生まれた魔神、ラーニャの眼は綺麗な緑色をしている。

 

 物語の舞台となる時から千と百年の昔、伝説の魔法の杖に自らの魂を封じ込めた、ラシードと呼ばれる魔術師の王がいた。ラーニャは彼の親友だったのだ。ラシード王がまだ幼い頃から一緒にいて、その生涯でたくさんの冒険の旅を経験した、相棒のような存在。

 最期に、疫病で亡くなった両親と民を死から救おうとした無理な魔法がたたり、病床に臥した王を目の当たりにしてラーニャは願った。このまま魔神の国へ、永遠に死ぬことのない黄昏の世界へと、彼の魂を連れて行くことができたらと。

 けれどラシードは後世のために、魔法の力と自らの魂の一部を杖に封じ込めて残すことを望んだ。そうしてしまえば魔神の国には行けず、たちまちに命が尽きてしまうのだとしても。

 ラーニャは彼の意向に沿って、杖の水晶の中で長い眠りにつくことにした。愛しい者の意志と共にあるために。

 

「……人間って、なんなのかしらねえ」
(中略)
「どんなに愛しても、強く抱きしめても、手の中からすり抜けていってしまう。花みたいにはかなくて、風みたいに消えてしまって。弱くて。でも強くて。それが、人間。人間たち」

 

(童心社 愛蔵版 シェーラ姫の冒険(2019) 著・村山早紀 下巻p.362)

 

  • 千の瞳の王 アルフ・ライラ・ワ・ライラ

 火と風と水から生まれた、砂漠の世界で最強と畏れられる魔神こそが、アルフ・ライラ・ワ・ライラだ。普段は少女のような姿をとっていて、であるシェーラ姫からは「ライラ」の愛称で呼ばれ、虹色月長石の指輪に封印されている。

 ライラもまた、人間に特別な強い思いを寄せている魔神のひとりだが、その因縁の起源は実のところ、シェーラが生まれるよりも二百年ほど前にさかのぼる。

 

 ……砂漠の王国にサイーダという姫君がいた。彼女は非常に聡明で、芸事にもすぐれた才を持っていたが、邪悪な継母によって塔に幽閉されていたため、とても孤独だったのだ。

 ライラは彼女のリュートの音色を聞きそめ、十日十夜にわたる「歌と詩と謎かけの勝負」をもちかける。

 そしてライラは最終的に勝利したサイーダの願いを叶え、友人として自ら指輪の中に封じられた。以来、彼女の生涯にわたってその身を守護し、今際の際には上記のラーニャと同じように、永遠に変わらない魔神の国で共に暮らそうと提案する。

 それを断ったサイーダは息を引き取ると、またたくまに魂は天上へと昇り、もうライラと会ったり話したりすることはできなくなってしまった。

 

 この出来事は「永遠」を生きる魔神であるライラの胸に、あまりにも短い「有限」を運命づけられた人間の儚さを強く刻み付けることになる。

 

「初めて見たとき、サイーダさまがもう一度帰って来てくれたのかと思ったものだ。だが、一緒に旅をするうちに、わたしはシェーラ姫のことをも好きになった。サイーダさまの月のような優雅さとはちがうけれど、太陽のようなまっすぐな心を愛するようになったのだ」

 

(童心社 愛蔵版 シェーラ姫の冒険(2019) 著・村山早紀 下巻p.255)

 

 人間を愛する魔神たちは、往々にして強大な力深奥な知恵を持っているが、決して万能でも無謬でもない。

 そんな彼らが物語とどんな風にかかわり、私たちの前を通り過ぎるときにどんな軌跡を残すのかが、個人的に「シェーラ姫の冒険」を紐解く際にはじっと注目してしまうところなのである。

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 こうして感想を書いてみて、お話への愛着がいっそう深まった。まだ愛蔵版が手元に届いたばかりの興奮が冷めないうちに、また次の休日にでも通しで読み返そうと思う。

 シェーラ姫の冒険が大好きです。これからもずっと。

 

Odai「わたしの宝物」