横浜市中区には、現在《横浜三塔》の愛称で呼ばれている、見どころの多い代表的な歴史的建造物が建っている。
神奈川県庁本庁舎、横浜税関本関、そして横浜市開港記念会館がそれにあたり、どうやら昭和初期のころに外国船員がランドマークとして名前を付けたのが由来だといわれているが、実際のところは分からない。
これらは地下鉄・みなとみらい線の日本大通り駅にほど近いため、他の史跡を巡る際、あるいは横浜スタジアムへ足を運ぶ際に、意識せずとも目にしている人々が多いだろう。
いずれも大正12年に起こった関東大震災を期に、一部もしくは全部が被害を受けており、それを期に再建や復元がなされている。
こういった建物は内部や周辺を歩きながら、わずかだが当時のまま残っている貴重な意匠を探すもよし、あるいは修復された姿から空想を広げてみるもよし、多彩な楽しみ方ができるのが魅力だ。
せっかくなので、付近にある日本郵船 氷川丸や旧柳下邸&横浜競馬場跡、またジェラールの瓦工場と水屋敷跡なども合わせて、横浜近代史跡散歩に身を投じるのが楽しい。
参考サイト:
横浜三塔+α
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神奈川県庁 本庁舎
キング(King)の愛称で知られる神奈川県庁本庁舎は、1996年に登録有形文化財へ、そして2019年には重要文化財へと指定された建物だ。
正面側に回ると、その堂々とした佇まいを一番よく感じられる。色合いはイギリスで食べたことのある、ドライフルーツの練り込まれたティーケーキみたいだと思った。
左右対称に広げられた翼のような壁面に並ぶ窓、かつ高さ49メートルに及ぶ中央の塔部分は頭に特徴的な装飾を冠しており、昭和初期に流行したとされる帝冠様式の趣をまとう荘厳な姿。
王様の名前にふさわしい外観だと感じる。
また、明治村の移築や写真などで帝国ホテルの玄関を見たことがあれば、一部の意匠や雰囲気に同じ特徴を確かめられるのではないだろうか。この神奈川県庁本庁舎は、フランク・ロイド・ライトの建築様式を踏襲している部分があるためだ。
具体的にはタイル表面に施された細工や、軒のテラコッタ(現在は屋上に展示)、アール・デコを彷彿とさせる幾何学模様の彫刻などがそれにあたる。
和洋折衷でありながら決して中途半端な印象はなく、官庁建築らしく、重厚で格式高い内部の空間も見逃せない。特に3階の旧議場は天井が折上げ格天井となっており、床に敷かれた赤いカーペットにも挟まれて、一度足を踏み入れれば存分にその雰囲気に浸れることだろう。
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横浜税関 本関
高さ、約51メートル。瀟洒な貴婦人を連想させると同時に、税関という施設らしい厳格さもあわせ持つクイーン(Queen)の塔は、まるで横浜港の見張り番のようだ。
設計は当時の大蔵省、営繕管財局が担当しており、かの下元連や吉武東里もそれに携わっていた。
ほっそりとした首の上に涼しげな青緑色の帽子をいただき、毅然として仕事をこなしている職員。海側からぼうっとその姿を眺めていると、そんな感じがしてこないだろうか。
外壁を覆っているタイルには光沢があるので、陽が出ているとこれまた美しい輝きが網膜に焼き付いて、印象的だった。
関東大震災により焼失した煉瓦造りの塔屋にかわり、1934(昭和9)年に再建されたこの建物はイスラム風の寺院を思わせるドームのほか、アーチ周辺部分の装飾や柱にインドやモロッコに由来する意匠が施されていて、よく見られる和洋折衷の様式とはまた違った趣があっておもしろい。
ちなみに銅板葺きのドームは竣工当時と色が異なり、経年によって徐々に変化したのだという。
柔らかな薄いクリーム色の石壁を飾るレリーフは、シュロやスイカズラがモチーフ。
また、税関に関する展示が行われている内部では、照明や扉、窓などにも細かな紋様を発見できるのが楽しい。かつてGHQに建物が接収された際にはマッカーサーもここに滞在していたが、彼はクイーンの塔の内部で、一体何を考えていただろうか。
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横浜市開港記念会館
横浜三塔の中で最も「塔」らしい姿を持つのがこちら、ジャック(Jack)と呼ばれている横浜市開港記念会館だ。
名前がとても良く似ている開港記念資料館とは施設も所在地も異なるのだが、混同しやすいので、もしも通りを歩いていて迷ったらこの四方に向いた時計盤を探すといい。高さはおおよそ36メートル。
もともとの竣工は大正6年とそれなりに古く、関東大震災後から復元工事を繰り返してはいるものの、残されている箇所もあるのが愛好者としては嬉しい。
福田重義の原案を基盤として山田七五郎や佐藤四郎が主な設計を手掛け、その様式は辰野金吾に影響を受けた、いわゆる「辰野式フリークラシック」と呼ばれる赤煉瓦の外観が特徴となっている。
特筆すべきなのは、昭和2年に復旧された美しいステンドグラスが今も2階ホールと中央階段で見られるという部分。
絵柄は海面に浮かぶ船と空、カモメをあしらった爽やかな図で、横浜港に建つ洋風建築にふさわしい様相が光を透かして眩しい……訪問時には必ず見てほしい。特別な行事の際や、貸し切り状態以外でなら無料で内部を見学できるので、付近を通りかかったら覗いていかない選択肢はない。
また、現在では高いビルなども増えて視界が混雑しがちだが、大さん橋などへ赴けば港の側から開港記念会館、税関、そして県庁を一度に眺められる場所があるので、興味があれば足を運んでみると良いと思う。
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ちなみに上記の《横浜三塔》へ、2013年からは新たにもう一つ「神奈川県立歴史博物館」を加えて、四塔とする案も登場したようだ。
トランプの柄になぞらえたその愛称はエース(Ace)。
今後どのくらい定着していくのかはまだ分からないが、より多くの人から愛され、長く残る建物となってくれればいいなと個人的に願っている。
外観はこんな感じ。
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神奈川県立歴史博物館
過去に当ブログでも紹介した北海道庁旧本庁舎や名古屋市市政資料館と同じく、ネオ・バロック様式を採用している建物は明治37年の竣工で、上に挙げた3つの塔と比べても最も古いものになる。
昭和44年には、国の重要文化財に指定された。
入り口前に立つと、かっしりとした三角形のペディメント(破風)のせいか「銀行」という施設が強く脳裏に浮かぶのだが、それもそのはず。この歴史博物館、もともとは横浜正金銀行の本館として建てられたものなのである。
設計者はかのジョサイア・コンドルに師事していたこともある妻木頼黄で、彼は他にも横浜の赤レンガ倉庫や明治村に移築された旧内閣文庫庁舎などを手掛けており、日本の近代建築を語る上で重要な人物となっている。
改めて写真を眺めると、関東大震災後に復元された大きなドームや円形の窓が目を引く。左右に2本ずつ並んでペディメントを支えるコリント式の平たい柱も。
また、地面から近い位置に使われている屈強かつ重厚な御影石も実に魅力的で……許されるならば、その表面を大きな手で撫でまわしたいくらい。
そんな神奈川県立歴史博物館は2021年2月7日まで、緊急事態宣言をうけて休館している。再開館後の訪問を楽しみに、今日も現地へ思いを馳せることにする。
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……以下、関連して横浜と新横浜散歩のおまけです。
どちらでも美味しい食事が楽しめたので、近郊を訪れた際にはぜひ。
横浜ベイシェラトン《ベイ・ビュー》のランチ
新横浜プリンスホテル《トップ オブ ヨコハマ》の苺アフタヌーンティー