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彷徨する自由帖

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理想と倦怠と諦念、そして捨てきれない希望

 

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 自分にとって…… 旅行や散歩に行ったり、建築に心寄せたり、本を読んだりするのは、全て素晴らしい物語を探すための行為に他ならない。そこから得られる「尊い何か」を、私はこよなく愛している。

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 物語に触れるたび、描写されているものをそのまま体験する感覚に陥ることが多い。

 例えば、登場人物の喜びや悲しみ、怒り、憎しみ、痛みなど、あらゆるものが絶え間なく心身に注がれて、しばらくの間ずっと抜けず、それに酔う。目に映る世界と脳内に流れる映像が乖離して足元すら覚束なくなる。眼窩の奥には、そんな風に自己の一部が憑依し憑依される、小さな部屋がひとつあるのだ。

 これには体力と精神力を酷く消耗するが、きっと、その酩酊なしにはもう生きられない。物心ついた頃からずっとそんな状態で夢を見ているのかもしれない。名前すら覚えていない、ある物語の淵を覗き込んだ時から。

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 だからこそ、それと比べた時の「現実世界の出来の悪さ」にうんざりさせられる。

 物語よりも素晴らしい何か、それよりも価値があると思えるものを現実で見つけることは、未だにできていない。ここでは何もかもが不完全だ。よくできた物語の中では不完全さや瑕疵、欠損、駄目な部分ですら世界を際立てる要素になるのに、実際はそうではない。

 何かを求めて色々な国に行ったり、誰かに会ったりしてはみるものの「面白かった・感動した」で終わってしまう。その上が見たいのに。現実に起こる事柄は理想の焼き直しでしかなくて、どんなに素晴らしいと思えるものに出会っても、どこか物足りない。描かれた世界に比べると随分と質が悪いな、という落胆がずっとある。

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 膝を折り、頭を垂れたい、平伏したいと思わず願ってしまうくらいに圧倒されたい。

 ヒトが抱くにはあまりに不遜だと言える程に大きすぎる感情、衝動、純度の高い思念、目を焼くほどに眩いその軌跡に触れたい。限りなく完全に近いものに触れたい。

 人も物も、それを通してしか愛せない。

 結局は理想の中にある「本物」が何よりも美しいし、それが実在するかどうかなんて、大した問題ではなかった。どうしようもなく物語を愛してしまっている。よくできた物語は色褪せない。腐敗しない。たとえ落ちるところまで落ちてしまっても、変わらず美しいままだ。

 それと同時に、理想があるのに手を伸ばさないのは怠け者のすることだ、と私は持っている。自分にとって、どんな想像よりも興味深い現実でなければ生きる意味を感じられないなら、そう思わせてくれる何かに邂逅するために努力を重ねなくてはいけない。

 本当は自分自身がそうなれたら一番良かったが、どう試行錯誤しても無理だった。結局は自分も含めて、ただそこに存在するだけのヒトやモノに出会っても、何も面白くない。

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 舞台装置や登場人物として優れている要素しか愛せない以上、世界に私の居場所はどこにもないと感じる。

 それでも、この世界は作られた物語よりも面白いはず、頑張り続ければ面白くできるはずだ、という最後の希望を捨てられない。どう足掻いてみても何も変えられなかったのに、諦められないのは一体どうしてなんだろう。物語の外側でも、この世界は生きるに値する……と心の底から思えるほどの、尊い何かに出逢いたい。

 そう願いながら生きるのは常にしんどいので、あらゆる尊いものを粉のようにして脳に叩き込み、正気を失わないとやっていられない。うっかり我に帰ったら全てが終わる。だから、死ぬまで狂わせてくれ。沢山の素晴らしい物語たち。