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新潮文庫版《十二国記》を一気読みする至福 - 王と麒麟と国、そして民衆の物語

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 君の好きそうな、ぐっとくる主従関係が描かれているよ——と教えられて、その長編小説に脇目もふらず手を出した。

 結果、ものの見事に落ちてしまったのだ。底の見えないほど深い深い沼に。

 所謂ステイホーム期間中に、全巻を読みました。

 

公式サイト:

 

 

《十二国記》著:小野不由美

  • シリーズ概要

 概要と書いてはみたものの、長年多くの人々に愛されているシリーズなので、ここに明記しておくべきことはあまりない。全て公式サイトとWikipediaに書いてあるし、私の沼落ちはあまりに遅すぎた。この今更感……。

 しかし読者としては、最新刊の発売を18年も待つ必要が無かったことで、かなり安堵もしている。

 十二国記は1991年に刊行されたホラー小説《魔性の子》(新潮文庫)の設定を皮切りとした物語で、その後は講談社X文庫にて《月の影 影の海》から本格的な進行が始まった。現時点で完全版と称されているのが新潮文庫版であり、この記事で紹介するものは、そちらに記載されている情報と刊行時期に準拠している。

 また、シリーズは最近の2020年3月に、第5回「吉川英治文庫賞」を受賞したとのこと。おめでとうございます。

 

  • 心躍る物語

 ジャンルでいうならば《十二国記》はハイ・ファンタジーに該当する。

 舞台は、普段私たちのいる世界とは隔絶された場所にあり、その様相はどこか古代中国の周礼を彷彿とさせるが、全く異なる条理で動いている。創世神話によれば、かつて最高神・天帝が荒廃した世を嘆いて、初めから作り直したのが十二国の世界なのだという。こちらの世界と十二国の世界は、蝕と呼ばれる現象によってのみ僅かに交わることがある——。

 そんな中で、数奇な運命や困難な現状に翻弄されながらも、毅然として立ち向かう人々の描く軌跡を辿るのがこの物語なのだ、と個人的に思っている。

 最も惹かれたのは、一国に一人の王を、神獣である麒麟が選ぶ……という点だった。

 

「天命をもって主上にお迎えする。御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと、制約申し上げる」「——許す」

 

 妖力甚大な聖なる獣、麒麟。多くの場面では人の姿をとっている。

 性向は仁で、慈悲と憐憫に満ちた心を持ち、争いを厭い、血に病む。基本的に本人が闘うことはできない(例外はある)ため、妖魔を折伏し、指令に下すことで身を守っている。

 十二国の世界において麒麟は天意の器だ。本人の意思とは関係なく、強い直感のように「天啓」が下り…… 誓約を交わしたのちは、実権を持たぬ宰輔(宰相)として王のそばに仕え、国を見守る。たとえ麒麟自身がその王を嫌っていたり憎んでいたりしても、決して天啓には抵抗できない。

 作中では全ての国の王と麒麟が描かれるわけではないが、それぞれに独特かつ魅力的な関係性を築いているのを見るのが本当に面白いし、ぐっとくるのだ。

 

  • 各巻のあらすじ紹介

 一応、新潮文庫完全版の刊行順に並べてみたものの、新しく読むなら《月の影 影の海》《風の海 迷宮の岸》《東の海神 西の滄海》のうちどれかから入るのが良い気がする。

 しかし、人によって楽しみ方が大きく異なるのもシリーズの特徴だと感じているので、何とも言えない。

 とりあえずエピソード0《魔性の子》に関しては、《黄昏の岸 暁の天》の前までには必ず読んでおくのをおすすめするが、シリーズ以前に一つの物語として楽しみたいのなら最初に手に取るべきだと思う。難しい。

 

0. 魔性の子

 

 もしも、普段は「向こう側」——異なる条理の世界に属する存在が、交わってはならないはずの「こちら側」へと侵食してきたとしたら……。私たちの目に、それは一体どんな風に映るのだろう。

 ニュータウンのある海辺の街では、最近「き、を知りませんか」と奇怪な言葉をかけて徘徊する女の目撃証言が、多く出回っている。

 当初ホラー小説として発表された《魔性の子》は、終始90年代日本の独特な空気を纏いながら、高里要という「神隠しに遭った少年」をめぐる異常な現象や、祟ると恐れられて孤立する彼の、寂寥とした心情を中心に展開する。加えてそこに絡んでくるのが、自称・故国喪失者の教育実習生、広瀬だった。

 ある一時期の記憶がすっかり抜け落ちている高里は、広瀬と共に過ごすうち、忘れていた大切な何かと誰かの名を徐々に思い出していく。それは同時に、自分が本当は何者であったのかという自覚を取り戻し、帰還と旅立ちの果てない途へ向かうために必要な過程だった。彼の真実の姿とは?

 恐ろしくも切ない、十二国記本編の序章。

 

1. 月の影 影の海(上・下)

 

 

 序章《魔性の子》で描かれたのが「向こうから現実世界に侵食してきた存在」だとすれば、これはその逆で、「現実世界から向こうへ突然渡ることになった者」の視点で進む物語。

 女子高校生・中嶋陽子が主人公に設定されているのに加えて、優柔不断な彼女が徐々に確固とした自我を獲得していく流れには、当初若年層向けのレーベルで出版された際の名残りが色濃くある。

 あまりにも唐突にあらわれた、金の長髪を持つ妙な男から「見つけた。あなただ」と告げられる陽子。

 彼女は何も分からぬまま連れ去られる途中で、巨大な妖魔に襲われて男とはぐれ、異世界の小さな町へと流れ着いた。だが、余所者の自分は「海客」と呼ばれて厭われ、裏切られ、利用される……。果てには存在を排除しようとしてくる者たちにも常に追われながら、希望など欠片も見えない過酷な旅が始まった。

 どんなに苦しくても、良心を捨てても進み続けるのは、たった一つの目的のため。自分を連れ去ったあの男を見つけ、お前は誰で、なぜこんなことをしたのかと問い詰める。そして——絶対に生きて、家に帰る。

 やがて友と出会い開けていく視界、その先にあったものは、想像もできなかった宿命と重い選択だった。

 

2. 風の海 迷宮の岸

 

 卵果が蝕で流されたため、出生から幼少期を日本(倭、蓬莱と呼ばれる)で過ごした戴国の麒麟・泰麒(たいき)。

 十二国世界(常世)において麒麟のたてがみは金色が基本だが、まれに白や赤、黒を持つ個体もいる。泰麒は鋼の毛並みを持つ黒麒麟だった。昔から日本での家族になじめなかった彼は、自分が実は人間ではなく麒麟であった事実を蓬山の女仙から聞かされ、そのせいで異物のように扱われていたのだと実感する。

 泰麒は故郷である十二国世界に戻ってからも、そこで育った他の麒麟と違い、獣の姿になることも妖魔を折伏することもできない。常世にも蓬莱にも居場所と存在意義を見つけられない中で、戴国の王を選ぶという使命を前にして怖気づく彼は、ある「恐ろしいような雰囲気」を持つ男と邂逅する。彼の名を驍宗といった。

 麒麟は直感のように天啓を受けて、たった一人の王の前に跪く。それ以外の人間の前で叩頭することは絶対にできない。それを知らなかった泰麒がついた一つの嘘と、弱気で少しばかり卑屈な表層の裏に隠された、強大な黒麒麟の力とは。

《魔性の子》からの流れをくみ、やがて《黄昏の岸 暁の天》、《白銀の墟 玄の月》へと至る、戴国の波乱の発端が描かれる。

 

3. 東の海神 西の滄海

 

 先王の暴挙により荒れ果てた北東の国、雁(えん)。

 それを立て直すべく、ようやく登極した延王・尚隆と延麒・六太の治世は二十年ほどを迎えようとしていた。見渡すかぎり焦土しか無かった風景も緑で覆われつつあるが、未だに腐敗した官吏の更迭を行う余裕はなく、国庫には大した財も残されていない。——そして、謀反が起こる。

 王を選んだ六太は胎果の生まれで、応仁の乱における京の荒廃をその目で見ており、蓬莱での両親には口減らしとして山に捨てられた。蓬山から女怪の迎えが来た後も、権力者こそが国を滅ぼし、民を苦しめるのだと実感している彼は、麒麟でありながら自分の王を信じることができない。

 煩悶の続くある日、古い友人・更夜に呼び出されて街へ下りたが、それは罠だった。

 一方、王の尚隆も実は胎果の生まれで、本名を小松三郎尚隆という。日本では瀬戸内に小さな領土を持つ武家の三男坊だったが、小松家が戦で滅亡した折、死にかけている所で誓約を交わし常世へと渡った。暢気かつ鷹揚な態度で、常にゆったりと構えているが、統治者としての実力は本物だ。しかし周囲の人間にはなかなかそれが伝わらない。

 彼は今回の謀反を制圧し、麒麟を助け出すことができるのだろうか。

 

4. 風の万里 黎明の空(上・下)

 

 

 エピソード1《月の影 影の海》で宿命を受け入れ、慶国の王として登極した陽子。

 しかし、馴染みのない常世の慣習に戸惑うばかりか、女王を侮っている王宮の官吏たちには軽んじられて、その前途は多難だった。たのみの宰輔、景麒も自分を助けるより、むしろ責めるような言動ばかりする……。国づくりの指標を得たいと願い、彼女は市井へと下りた。

 その頃、北西の端に位置する国・芳では、州候のひとりである月渓によって王と王后が弑され、一人娘の公主は位と仙籍を剥奪された後に放逐されていた。名を祥瓊(しょうけい)という。

 王宮では自らの役目を放棄していた彼女は、ただ何不自由ない王宮の生活が懐かしく、同じ年代の景王が妬ましい。その感情のまま慶の首都、堯天へと向かう道中で、ひょんなことから鼠の半獣と出会うことになる。

 この巻では少女たちがそれぞれの思惑をもって慶に集い、最終的には奇しくも和州の内乱に巻き込まれていく。

 胎果ではなく、海客として蓬莱から流された鈴もそこに加わって、物語は人がどう生きるべきか、責任を負って何を為すべきなのかを問いかけ、最後にひとつの道標を示す。

 

 

 

 

5. 丕緒の鳥

 

 長編の行間を埋める《丕緒の鳥》。

 ここには表題作を含めて四編の小話が収録されている。どれも、普段はあまり表舞台に出てこない役職の人間が、それぞれの仕事に励む中で様々な難事と出会う話だ。特に《落照の獄》や《青条の蘭》で発生する問題は、こちらの世界に生きる者としても他人事とは思えない。

 印象としてはかなり重たいが、その分心を打つ場面も数えきれないほど多かった。十二国世界における架空の祭祀・大射の陶鵲や、暦づくりを通して感じられる四季の情景も美しい。

 あらゆる視点に立って国と民の有様を描ける、筆者の表現力にただ感服する。

 

6. 図南の翼

 

 ほんの少し《風の万里 黎明の空》に登場した、恭国を統べる供王は幼さを残す少女の姿をしている。

 彼女——珠晶はかつて、自国の麒麟に天意を図るため、生家から抜け出して自らの意思で昇山していた。……当時12歳という若さで。もちろん周囲の人間は反対したが、王の不在で妖魔の跋扈する国を見ても、他に率先して立ち上がろうとする者は周りに一人もいなかったのだ。

 旅先で騎獣を盗まれたり、黄海で妖魔に喰われたりしそうになっても、持ち前の機転と驚異的な運の良さで切り抜ける珠晶。黄朱の民・頑丘や謎の青年・利広を巻き込んで前進する過程で、自分の未熟さや甘さを突き付けられ、落胆する時も数知れないが、考えて行動することを決してやめない。

 彼女は蓬山へ無事に辿り着き、供麒に拝謁することができるのか。そして王として選ばれるのか。

 結末に至るまでの胸の高鳴りもさることながら、終盤で「あの話に出てきたあの人」の再登場に高揚する人が、きっと後を絶たないと確信している。実際、私は該当する場面で思わず顔を上げて叫んだ。

 

7. 華胥の幽夢

 

 こちらも《丕緒の鳥》と同じく短編集となっているが、相変わらず濃いエピソードが多く、その重さは本編にも引けをとらない。

 今まで登場した人物たちの裏側や、伺えなかった側面を描いている点でも必読の一冊なので、絶対に飛ばさないで。

 中でも私が(というよりか、読者の殆どが)心を射抜かれたのは、あの《風の万里 黎明の空》で簒奪をもくろんだ芳の州候・月渓の抱いた巨大感情が明らかになる話《乗月》に他ならない。厳格さゆえに民を苛んでしまった峯王を弑したのは、民を第一に思ってのことではなく、実は……。

 この先は実際に読んで確かめてほしい。

 

8. 黄昏の岸 暁の天

 

 今まで紡がれた物語が急速に合流し、いよいよ面白さの度合いが大変なことになってくる巻がこれ。読んでみるとわかるが《魔性の子》と表裏一体の関係になっていて、現実世界の私たちから見たあの世界の影で、果たして何が起こっていたのかを知ることができるのだ。

 戴国の雲海上で何者かに角を折られた泰麒は、とっさに「鳴蝕」を発生させ、十二国の世界から別の次元へと自らを飛ばしていた…… わずか二体の指令である白汕子、傲濫と共に。どこへ行ってしまったのか全く分からない。

 それを救うべく景王に援助を求めてきたのが、瑞州師の女将軍・李斎。麒麟だけでなく泰王驍宗の所在までも知れず、戴は荒れ、周辺の海域には妖魔が跋扈しているという。

 とはいえ慶も未だ建て直しの最中で、他に割く余力などない——それに、大綱に定められた覿面の罪もあるので戴に軍も出せない。だが徐々に志を共にする者が集い、最終的には慶、雁、漣、範、奏、恭、才の麒麟たちで、手分けして蓬莱と崑崙を捜索することになった。

 常世における神(天)の在・不在にも切り込む怒涛の展開と陽子の成長には、何度読んでも心が躍る。

 

9. 白銀の墟 玄の月(一~四)

   

 

 ——ついに麒麟、還る。戴国の運命やいかに。

 

 もうここまで来たら「本編を読んでください」としか言えない。

 彼らの物語を、最後まで見届けて欲しい。

 

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

 

 以上、既刊のタイトルごとの紹介でした。これらに加えて、2020年内には短編集の刊行が予定されているので、続報を首を長ーくして待っています。

 ちなみに小野不由美氏の著作の中で、他にも好きなものには《東亰異聞》や《営繕かるかや怪異譚》があります。

 どちらも自分のぐっとくるツボをこれでもかと押さえてくる要素が満載なもので、それらもいずれ紹介したく……。前者は文明開化期が舞台の物語で、後者は古い町屋など、建築物にまつわる短編集です。

 文章や描写自体も素敵で、とっても面白いんですよ。

 

お題「好きなシリーズもの」