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彷徨する自由帖

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川原町の情緒ある風景と喫茶店、そして近代の洋風建築を見に|岐阜県南部旅行(1)

 

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鵜飼で有名な長良川

 新幹線に乗る前に大きめの書店、なかでも国内旅行本がずらりと並ぶ一角へと足を向けた。

 探しているのは美濃国—―すなわち、岐阜県南部のガイドブック。しかし、目を皿のようにして棚を眺めど、あるのは「飛騨・高山」と「白川郷」をタイトルに冠したものばかり。まれに岐阜全体を特集したものもあったが、パラパラとめくってみると、岐阜駅周辺やそれ以南の情報は見開き2ページ程度にしか載っていない。

 周囲の人に尋ねてみても、逆に「あの辺りって何か面白いものあるの?」という問いが返ってくる始末。もしかしたら今回の散策は徒労に終わるかもしれない…… と暫く頭を抱えた。こうして旅行を終えた今では、それが取るに足らない杞憂だったと分かる。

 岐阜県南部、端的に言って見どころ満載だ。今風に表現すると「ありえん良さみが深い」。訪れる先々で必ず魅力的なものたちに出会えたし、あまり注目されていないので人も少なく、かなり過ごしやすかった。これから投稿するいくつかの記事で、その一端を伝えることができれば幸い。

参考サイト:

岐阜市漫遊(岐阜観光コンベンション協会)

現存する日本最古の昆虫専門博物館『名和昆虫博物館』公式

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ジュウジュウと焼く

 散策当日は、まずJR岐阜駅で郷土料理「鶏ちゃん焼き」をいただいた。甘辛いタレが肉と野菜にからんで白米が進む進む。多めに朝ご飯を食べたのにもかかわらず、胃袋は必要以上に貪欲だから、意識して運動をしなければ。

 駅ビルを出て、路線バスに15分ほど乗り長良橋の前まで向かった。乗車時に横から出てくる回数券を手に取る。ここではayuca以外のICカードが支払いに使えないので、降車前には小銭を用意しておこう。バス内でも停車時に限り両替が可能。

 日本三大河川の一つに数えられる美しい長良川は、毎年5月から10月頃にかけて、伝統的な鵜飼(うかい)の行事が行われる舞台でもある。その静かな流れと深い青緑色には用が無くても足を止めざるを得ない。豪雨が降れば水位は増し、古来から災害を恐れてきた人々に牙を剥くこともあるのだろうが、昼の晴れた空の下では眠っている竜よりも穏やかだ。陽射しが眩しい。

 かかる橋の下、木製の灯台から伸びる通りの一角に、町並み保存地区があったので覗いてみた。

川原町の古い町並み

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蠱惑的な黒壁

 舗装された道の両脇に平たい家々が並んでいた。

 伝統工芸品の岐阜うちわや雑貨を売る店、喫茶店に老舗の料亭、そして通常の民家が軒を連ねる、短い時間でも気軽に観光できそうな魅力的な区画。様相が少しだけ埼玉の川越に似ている。歩行者天国ではないので、車に注意を払いながら沢山の写真を撮影した。

 通りに面した戸口は小さいが、奥には大きな蔵などが母屋と長い廊下で繋がっていて、一歩足を踏み入れるとその広さに驚かされた。こじんまりした外観とはまるで別の世界が眼前に展開する。気温が高く、汗がにじむ昼の外気を寄せ付けず、冷房もきかせていないのに涼しい建物内部。それがこの界隈に建つ家屋の大きな特徴のようだった。

 そっと格子戸を閉めれば往来の音さえ遠ざかり、まるで違う時代にうっかり飛んでしまったかのよう――。

 ここで赤いポストと揺れる提灯に誘われて、私達が吸い込まれたのは古民家を利用したカフェ《川原町屋》。廂の上に鎮座する電燈もかわいらしい。

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とても落ち着く空間

 案内されたのは、高いところに小さな窓が開くのような空間。席では店員さんが丁寧におすすめメニューの説明をしてくれた。オリジナルの珈琲や紅茶に甘味類もさることながら、カレーやオムライスなどお腹の膨れそうな食事も充実していて、値段は場所を考えると手頃な部類に入ると思う。

 休日の日中、ひっきりなしに訪れる多くのお客さんで賑わっていた。

 ふと横に顔を向けると、部屋の片隅にピアノがある。数十分おきに人が来て演奏をしてくれているようで、お冷(市松模様のコップが可愛い)を飲みながら会話をしていると、静かに演奏者の方が準備を始めた。流れる《虹の彼方へ》の旋律に耳を傾けて、さてここからはどこへ向かおうかと地図を広げる。

 川原町の大通りを挟んだ反対側、頂上に城をいただく金華山と、麓に広がる岐阜公園が近い。調べると、その横には明治・大正期竣工の貴重な建築物が二軒あるではないか……。佇まいもかなり好みのものだった。行くしかない。もうこの時点で高鳴る胸を抑えることが難しい。

 やがて、席に運ばれてきたのは、注文した「川原町屋パフェ」「八宝茶」だった。

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川原町屋パフェ

 贅沢にも二つ重なった大きな抹茶アイスクリーム、その横で黄色い宝玉のように埋まっているのは甘いホイップクリームの雲海に浮かぶ小豆がつやつやして綺麗だ。グラスの下部に敷き詰められた寒天といい、まるであんみつをアレンジしたような具の和風パフェ。全体的に甘さは控えめで、食材の風味が光る一品だった。おいしい!

 ホテルの朝食と岐阜駅での昼食に続き、こんな贅沢なおやつまで余す所なく口にしてしまった。先に続いているのは体形的な意味で危険な道—―しかし、今後もたくさん歩く予定なので大丈夫だ、問題ない(本当だろうか)。

 また、八宝茶の方は透明な急須に色とりどりの茶葉や果実が入っていて、目にも楽しかった。かすかに蜂蜜の匂いもする。これは空気の乾燥する季節、喉に潤いを与えてくれる貴重な存在。個人的にアイスなど、冷たい食べ物と温かい飲み物の組み合わせが好きだ。いつどこで味わっても至福の世界へ私を連れて行ってくれる。

 何となく立ち寄った川原町屋は、こんな癒しのカフェだった。

川原町屋公式サイト:川原町屋|レトロ感あふれるくつろぎの和カフェ&ギャラリー

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さるぼぼには顔がない

 満悦の食後は散策に戻り、奥行きのある家々の間をすり抜けて川べりの方角へ。

 道中で見つけた「さるぼぼ」の並ぶ小さな庚申塚では、棚におみくじが置かれていた。近くに棲みついていそうな白い猫が日陰でぐっと背を伸ばす姿に癒される。猫の社会にも苦労は多そうだけれど、私は君達みたいに気ままに生き、その上で人間に可愛がられたい……。毛並みの流れる方角に一つの理想がある。

 さて、土手に下って歩きながら遠くの方に目を凝らすと、同じようにこちらを見つめ返す存在がいた。なんと、二本の角が生えた丸い瞳のロボットだ。しかしただのロボットではない。近隣の人々のために川を見守り、有事の際に開閉することで流れを操る番人、すなわち水門の役割を果たしているのである。

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ロボット水門君

 彼の鋭く光る眼光の横を通って、岐阜公園の前まで辿り着いた。金華山に登る前に、お目当ての近代建築をカメラに収めたいので、さっそくその場所まで向かうことに。

名和昆虫博物館・記念昆虫館

 茂みの向こう側にちらちらと見える二軒の建物は、大きくて白いタイル張りの方が現在の名和昆虫博物館大正8年の竣工で、そばには同年に建てられた、昆虫供養のための《昆蟲碑》もあった。

 周囲は人の行き交うロープウェイ乗り場とうって変わって静かな雰囲気だ。

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名和昆虫博物館

 岐阜市に残る近代建築の中でも状態が良く、今も実際に使用されている点で注目に値する名和昆虫博物館は、明治生まれの日本の建築家・武田五一によって設計された洋風の建物。正面入り口の側に立った時、細長い窓が壁の奥まった位置に並び、屋根に近い上部分に輪郭をなぞるような意匠が施されているのが分かる。

 切妻ギリシア神殿風で、一見するとシンプルだが、玄関の佇まいや全体を包む雰囲気が瀟洒で味わい深くとても美しい。

 この施設はもともと、日本固有種の蝶であるギフチョウを再発見し命名した昆虫博士、名和靖の研究所だった。現在、博物館の所蔵標本は1万2千種を超え、代々の館長を務めているのは氏の子孫の方々。加えて内部の二階には、奈良の唐招提寺金堂・講堂の修理を行った際に出た貴重な古い材木が再利用されており、それもかなり興味深い。

 昆虫が苦手な人なら建物だけでも十分に見る価値がある。

 続いて、隣接する記念昆虫館の外観も見てみよう。

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記念昆虫館

 こちらは上の建物よりも幾分か古く、明治40年に竣工したものとなっている。

 特徴的な煉瓦積みの外壁と赤い屋根。そこから突き出る窓の側面には、木の板が魚の鱗を連想させるような模様を描いていて、破風の飾りも面白い。標本収蔵室として建てられたこともあり、内部の床は高い位置に設けられているようだった。

 設計者は同じ武田五一。彼は東京帝大の工科造家学科を卒業し、やがて図案を学ぶため、国費でヨーロッパへと留学していた。特に逗留して学んだのはロンドンの地。その経験を含め、各国を周遊した際に受けた影響が、きっと後の作品にも大きく表れているのだろう。現存する建物は日本全国に点在しているが、特に京都市内に数多く残されている。

 岐阜公園付近を歩くのならぜひ、上記二軒の近代建築にもお目にかかりたいもの。

 ……この時点で岐阜駅到着後、ものの数時間しか経過していない。記事の初めに明言したが、岐阜県南部の見どころはかなり多いのだ。何も無いなんて言わせない。次はロープウェーに乗って金華山に登り、この歴史ある街を遥かな高みより見下ろしてみることにする。