前回の記事の続きです。
かつてマルタ共和国の首都として栄えた古都、イムディーナ。
21世紀の今は政治と文化の中枢を担う役割を終えて「静寂の町(Silent City)」の異名を冠し、多くの旅人を飲み込んでは吐き出しながら、歴史の一端を語り続けている。
また、米国のドラマ《Game of Thrones(ゲーム・オブ・スローンズ)》のロケ地として、正門部分が使用されたことも……。
その平穏を守る強固な壁の内側では、現在もおおよそ300人に満たない数の住民(いずれも祖先から町に所縁ある方々)が生活を営んでいるそうだ。
ゴゾの城塞のように、島の中でも海抜の高い位置に陣取る薄黄色の都市は、低い位置から眺めるとまるで王冠のように見える。太陽の光を浴びればその石は鈍く輝くのだろう。
その雰囲気に気圧され、内部へ足を踏み入れる覚悟をそっと決めていた自分の横をすり抜けて、御者の引く馬車が入っていった。イムディーナでは、特別な許可を得たわずかな車両のみが通行を許可されている。
参考サイト・書籍:
Visit Malta(マルタ観光情報サイト)
Palazzo Falson(ファルゾン邸のサイト)
イムディーナ(L-Imdina)
敷地内を散策している最中は、石壁と石畳はここまで音を吸うものなのか――と感心しきりだった。
路地を縫う風と自分の呼吸以外は、発生してから耳に入ってくる前にほとんどかき消えてしまう。もしかしたら消音魔法でもかけられているのではないかと思うほどに。
自分の歩いている通りから、住居を隔てたその向こう側にも人が居るはずなのに、全く存在を察知することができない。
かつて城塞都市として敵の侵入を防いだのは高い壁だけではなく、あえて見通しが悪くなるように造られた、曲がりくねった通路。
彷徨い続け、誰ともすれ違わない時間が長いと何だか不安にすらなってくる。目を凝らしたその先で、何か得体の知れないものが突然角を曲がってきたらどうしよう......という懸念を抱くようにもなるのだ。
道と角。そういえば十字路に三差路など、交差点の存在する場所に魔物が出るのは、古今東西に共通する民間伝承だった。
扉や窓、街灯などの並ぶ通りは、まさに物語の中に存在する風景そのもの。
イムディーナの土の下には、中世よりずっと以前に人が住んでいた痕跡も眠っている。そこにあった青銅器時代の遺跡は一度フェニキア人により再利用され、3世紀にローマの手に落ちたあと、アグラブ朝によって破壊された。
それからも、16世紀に聖ヨハネ騎士団がマルタを統治するようになるまで、この地に居つく人間の種類は何度か変化している。首都という立ち位置を他に譲るまでは、生活を営む多くの人々で毎日たいへん賑わっていたのだろう。
私が訪れたのはちょうど雨が上がってすぐの頃だったので、足元の石が黒く艶やかに光っており美しかった。空気が少し湿っていたのも良い塩梅の雰囲気で。
聖パウロ教会やカタコンベのほか、ノルマン様式やバロック様式の貴重な建築が沢山みられるここでは、建物好きな人間として湧き上がる興奮を抑えるのが難しい。ぜひ、壁の中にある宿に泊まって内装を堪能すると同時に、町が朝から夜へと移り変わる際の表情も存分に堪能したいものだ。
近代的な街灯の少ないこの場所では、日の出とともに諸事が目覚め、日没とともに全てが眠りにつくのだろう。
これらの写真では町の魅力のほんの一部しか伝えられないが、今回のマルタ旅行で最も気に入っている場所は何処かと聞かれれば、私は迷いなくイムディーナの名前を挙げる。ここを観光するためだけに丸々1日でも使っていいくらいだ。
そしてとりわけ素晴らしいと感じたのは、大きめの通りに面してひっそりと入口を構える一軒の家だった。これは町の中に現存している建造物の中でも、最古に分類されるもののうちのひとつ。
かつて住んだ一族の姓から名付けられた邸宅は、今日も博物館として訪問客に門戸を開いている。
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ファルゾン邸(Palazzo Falson)
ここは15世紀に建てられた邸宅パラッツォ・ファルゾン。
シチリア風ノルマン様式の建築物で、通称・ノルマンハウスと呼ばれている。ファサードのカタルーニャ風の窓、中央が柱で分割されている形のものにはスペインの影響もある。受付で入場料€10を払うと無料で音声ガイド(英語)もついてくるので、利用するのがおすすめ。
誰が担当しているのかは知らないが、結構いい声の解説を聴きながらの見学はとても楽しかった。
日本語でファルゾン邸を検索にかけるとウェディングフォトの宣伝が沢山ヒットするのだが、きっとイムディーナ内部という最高のロケーションと、中庭の可愛らしさが思い出の記録にはぴったりなのだろう。
とにかく上の写真を見てほしい。本当に素敵な邸宅なのだ。
植えられている花の色も、濃いピンク一辺倒ではなくて橙色寄りのものもあるなど、管理者のセンスを感じられる。そして噴水の軸に施された幾何学模様とライオンの意匠や、柱のさりげない装飾にときめく。
内部では書斎や寝室をはじめとした17部屋の内装のほか、絵画や家具、銀食器に甲冑といったコレクションを見ることができた。
小規模ながら、フランス国王ルイ16世が愛した時計職人ロバート・ロビンの作品や、英国ヴィクトリア朝時代の香水瓶など面白い品物が多く、見応えがある。
個人的には特に、1階の厨房にあった竈(かまど)の青いタイルとその模様が好きだ。併せて足元にあった貯蔵庫か何かの扉の金具も、かなりぐっときた。
展示されている調理器具の中には、昔マルタの伝統的な料理(ウサギのシチュー)を作るために利用されていた陶器の鍋もある。それらは興味深いことに、マルタ語で「牛」と呼ばれている――というのも、鍋の形が牛の身体とよく似ているのだ。
ウサギを牛で調理する、と言葉だけ聞くと奇妙な印象を受ける。残念ながら現在、その鍋は一般的には使われなくなってしまったよう。
また、中庭の隅の方に井戸の跡があったが、この邸宅ではそこから日常的に使う水を汲んでいたのだろうか。四方を海に囲まれたこの小さな島では、今も変わらず真水はとても貴重なもので、高価だ。水道が完備される以前の飲み水事情は気になるところ。
私は綺麗な冷たい水をがぶ飲みするのが大好きな類の人間なので、日本での普段の生活の中でも、そのありがたさを常に感じている。
ふと厨房の近くに設けられた窓を覗くと、石像と植物が良い感じに並んでいて嬉しかった。採光のためか物置きか、この空間の本来の用途は分からないが、邸宅という場所に無くてはならない余白のような気もする。
生活に絶対必要な設備や部屋と、そうでもないものが邸宅の中に共存している状態には、否応なしに心を惹かれてしまう。
厨房から出て銀食器と硝子瓶のコレクション棚を過ぎ、2階の展示室へ向かう。さらに上へと続く細い階段を上れば、そこには良い机の置かれた書斎と小さな寝室があった。
邸宅内の他の場所に比べて幾分か質素だが、こんな場所で書き物をしながら細々と暮らしてみたいと切実に思う。ささやかだけれど贅沢な願い。
しかし、貴族の邸宅は使用人が家事や掃除のあらかたを担当するのが前提の造りになっているので、維持管理が大変だ。自分のような生活力の低い人間は、真っ先に挫折する結果が火を見るよりも明らか。現実は厳しい。
振り返ると、壁にかかったイエス・キリストの肖像にじっと見つめられていて、思わず背筋が伸びた。ここの住民ではありませんが、少しの間だけお邪魔していますと一言、挨拶だけでも述べておく……。
私は国内外の古い住居を訪れ、内部を徘徊しながらいつも想像している。かつてここに暮らした住人達が送っていた日常のことを。
それはおそらく、史実や真実からは大きく離れた事象なので、妄想と表現した方が適切かもしれない。
とにかく、それがとても楽しくてやめられないのだ。
例えば、此処にとある家族が住んでいたとしたら。それはどんな人たちで、何を想い、どんな風にこの邸宅の中で時間を過ごしていたのだろうか、と考える行為。
まだ幼い子供が2人か3人いたと仮定してみる。彼らは敷地内で、かくれんぼや鬼ごっこをして遊んだかもしれない。その際に、厨房の奥に忍び込んで使用人に叱られたり、母親の編み物を邪魔したりする風景を想像する。上階の父の書斎は近づきがたい聖域で、みな用事がなければ訪れない。
ある日はしゃぎすぎた末っ子は、中庭の石の段差に足を引っかけて転ぶ。大きな怪我をし安静を言い渡された彼(もしくは彼女)は長い時間を寝室で過ごすうち、掛けてある絵画のうちの一つに、どこか奇妙な要素があることに気付く――。
私が普段する「空想遊び」はだいたいこんな具合だ。力量不足なのでまだ実現していないが、いつか物語を書いてみたいと思う時もある。
こうしてファルゾン邸の見学可な全ての部屋を一通り回っても、最後には細く黒い階段を上るのを絶対に忘れてはならない。
なぜなら屋上は、イムディーナの眺めの中でも美しい部分をばっちり見渡すことができる、素通りするにはあまりに勿体ない場所だからだ。ちなみにお手洗いもそばにある。人はいないのでチップが要らない。
屋上の隅に立って最高の景色を堪能している最中に、もしも運が良ければ、時を告げる美しい鐘の音が町に響き渡るのを聴くことができるだろう。
ここまで再訪したいと感じられる場所はなかなか無い。
帰国して自室の机に座っている今も、彼の地で流れている静かな時間と変わらない風景を思えば、滞在中に感じていた様々な事柄が鮮やかに蘇り、和やかな気持ちになった。
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次回の内容は、世界遺産に登録されているマルタ共和国の首都・ヴァレッタと、港町マルサシュロックの訪問記録です。
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