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彷徨する自由帖

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薪ストーブという魔法の箱

 

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 肌寒い季節が刻々と近づいてくると、私は「薪(まき)ストーブ」の火をしばしば脳裏によびおこす。

  • 一番のあたたかさ

 有史以来、人間は炎に代わる様々な方法で暖をとってきた。直に焚き火のまわりを囲んでいた頃から、暖炉の発明、火を利用した蒸気や温水のシステムにつづき、新しく利用されるようになった瓦斯(がす)――と熱源は移りかわり、現代日本の都市部では、安全かつ手軽な電気による暖房がもっとも一般的なものとなっている。

 これまでに生み出された数多の暖房器具の中から、自分が感じるあたたかさの好みだけを単純に比較したとき、真っ先に軍配が上がるのは薪ストーブだ。

 これは他の何よりも身体の芯に強く働きかける、不思議な熱を発してくれる。

 基本的には薪ストーブも暖炉と同じく、木材に火をつけて燃やすものだが、全体の構造が異なっている。燃焼部分が常に露出している暖炉とは違い、薪ストーブは扉の設けられた小部屋の上から煙突が伸びるような形をしていて、下には空気の量を調節する弁が付いているのが特徴。その半ば遮蔽された空間で生み出された熱がストーブ全体を包み込み、直火の何倍ものあたたかさを部屋にもたらすことができる。

 恥ずかしながら、私はこれを書き始めるまで暖炉と薪ストーブの違いをあまり理解していなかった。大学時代お世話になったイギリスの大抵の家々には暖炉があったが、半数以上が古い暖炉の中に薪ストーブを新設しているものだったので、それもひとつの混乱の原因になったのだろう。ともかく、自分が現地でずっと暖炉の一種だと思い込んでいたものは、正確には薪ストーブだった、というわけ。

  • 火をその気にさせるのが難しい

 稀有な質のあたたかさを提供してくれる薪ストーブは、少しばかりの手間と無縁ではいられない。木材集めと着火、燃焼状態の調節、換気に後片付けなど......これらは全て、電気式の暖房器具を利用する際には、ほとんど考える必要のないことだ。それでも首尾よく火を用意しさえすれば、凍り付くような冬の外気を頑として寄せ付けない、天国のような空間が展開される。 

 かくいう私は薪ストーブと出逢った当初、火おこしの基礎も良く知らず、ストーブ横に用意してあったマッチ一箱分をまるまる費やしても着火ができなかった。苦い落胆の記憶。

 薪ストーブで最高の暖を取るためには、移り気でわがままなという存在を「その気にさせる」ところから始めなければならない。

 まず、炉の中に薪を積む。着火剤を用いない場合は中央下の方に小枝や新聞紙などをたくさん敷いて、その上に中くらいの太さの枝、角材や丸太を重ねていく。この時に大切なのは、木材の燃焼に必要な空気を取り入れるための、十分な隙間を確保しておくことだ。そうしなければ、火は一瞬点いてもすぐにへそを曲げて消えてしまう。心置きなく燃えることができるように、最適な空間を用意してあげよう。ストーブの扉と下部の空気調節弁は大きく開き、そして部屋の窓も少しだけ開けておく。

 理想的なのは、小さな火種から大きな木材へと徐々に炎が伝播していって、最終的に安定した焚き火が生まれる状態。用意したマッチやライターの火を積んだ薪の中心に置き、それが潰えず燃え続けるようにしばらく見守る。もしも消えそうになったら枝や紙を少しずつ足して命を繋ぐのだが、紙類をあまり入れすぎると吹雪のような灰がぶわりと舞い上がるので程々が良い。

 はじめはなかなか上手くいかないけれど、首尾よく太めの木材にまで点火することができたら、勢いに任せてしばらく置いておく。まだ細い火が木の表面をなめ、かじり、その胃に収めて身体を大きくするまでの過程は、眺めているだけでも本当に面白い。《ハウルの動く城》に出てくる炎の悪魔カルシファーを連想させられる。薪の大半が燃えて崩れてきたら、何本かの木材をそっと上から追加してみて。

 そうして炉のほぼ全体に炎が回った頃には、ストーブの正面扉を閉め、近くのソファに横たわってうたた寝を楽しめるようになるといった具合だ。この後にもするべきことは色々あるが、しばらくは何もせず過ごしていても全然大丈夫。後でストーブの扉を開閉する際には、厚手の手袋をするのを絶対に忘れずに。さもなくば火傷してしまう。

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冬の部屋
  • 五感で感じられる熱

 薪ストーブによって得られるあたたかさの種類は、他のどんな暖房器具によるものとも異なっている。

 例えば、大体6メートル四方の部屋の片隅で小さな薪ストーブを稼働させると、どこに立っていても同じくらい強い熱を感じられるし、じんわりとすらかく。それは炎との距離がかなり開いているのに、まるで焚き火のすぐそばに手をかざしているかのような興味深い状態だ。加えて、炉の扉をぴったりと閉めているのにもかかわらず、微かに火の粉を含んだ風が頬を掠めたような気さえするのだから驚く。これは遠赤外線の作用によるところが大きいのだという。

 電気ストーブやオイルヒーターでは、なかなかこうはいかない。部屋全体をあたためようとしても、ここまでの温度を隅々まで行き渡らせることはかなり難しいだろう。必然的に、暖房のそばでじっとして毛布をかけていなければ寒くて動けない。身体の芯が冷えたままなので、うっかりすると風邪などひいてしまうかもしれない。

 薪ストーブなら五臓六腑からじわりと私たちをあたためてくれるのだ。

 また、視覚から得られる情報もかなり魅力的なものとなっている。橙色の炎が炉の中で軽やかに踊る様子は、見ていて飽きることがない。少し前に、ノルウェー公共放送が「スローテレビ」の中でひたすら(最大8時間)暖炉の火を燃やし続けるだけの番組を放映し話題になったが、視聴者の気持ちがよく分かる。扉の内側でゆらめく波形が、自分の意識を古今東西のどこかへと連れていく。たまには無理にでもそんな時間を設けた方が、精神の健康には良いのかもしれない。

 もう一つの要素は聴覚だ。調整弁から吸い込まれ、熱された空気が煙突を昇るとき、微かにごうごうと鳴る。また、火がぱちりと爆ぜる瞬間に鼓膜を叩くときもある。それから、薪が燃えて崩れるときのゴトリとした重い音に、カラッとした軽い音。これらは燃焼中にずっと聴こえているわけではなく、忘れた頃にストーブがそっと主張してくる類のものだ。部屋での読書、映画鑑賞、談笑、その他の邪魔をすることなく、隙間に静かに入り込んでくる。

 鼻腔には微かな灰の匂いも。

 こうして薪ストーブの前に座っている状態を想像するだけでもだいぶ癒されるのだから、実物を前にしたときの高揚はとても言葉では表現できない。できれば、冬の間中ずっと、その炎を絶やさずにいられたら素敵なのにな、とも思う。

 

  • かかる手間と心安らぐ時間

 さて、ここまで薪ストーブの持つ魅力の数々について、だらだらと書き続けてきた。

 けれど上の項で言及したように、木材集めと着火などの準備、稼働中の火の調節、換気に後片付けといった作業を忙しい日常の中で行うのは、楽しくもあるがとても大変だ。逆に考えると、そうした余白の時間を設けることで心の安らぎを得られる部分もあるのだが、あまり現実的とはいえない。

 それに、実際に家の中で火を扱うのにはかなりの注意を必要とする。他の近代的な暖房器具よりもずっと安全に気を使わなければならないし、それは時間と精神に余裕がないとできない。私も現在の住まいに、これから薪ストーブを導入するのはちょっと難しいと思う。

 だから、それらの要素を度外視できる空間――例えば冬季休暇を過ごすのに選んだ宿泊先のコテージなどに薪ストーブがあったら、ぜひ一度使ってみて欲しい。初めての人は、きっとその想像以上のあたたかさに驚くことだろう。なかなか火がおこせなかったり、点火できても炎が長く続かなかったりするかもしれないが、必死になって炉と向き合うのは結構おもしろい。

 薪ストーブという魔法の箱がもたらしてくれるのは、何よりもあたたかな温度と、ゆっくりと流れる穏やかな時間なのだ。

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 大好きな薪ストーブのことを想いのままに書きましたが、決して暖房屋の回し者などではございません。家に一台欲しい......。本当に、信じられないくらいあたたかいんですよ。

 以下、薪ストーブがセントラルヒーティングに次いでよく使われている、秋・冬から初春にかけてのイギリスおすすめ滞在地です: