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ロンドン芸術大学はどんな場所だったか:チェルシー・カレッジのファインアート学部

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チェルシーの校舎
  • 概要

 私は2016年の秋から美術(Fine Art)を学ぶ正規留学生として、イギリスの首都・ロンドンに2年と少しの間滞在していた。学校名はロンドン芸術大学で、セントマーチンズ・カレッジのファウンデーションコース修了後に、チェルシー・カレッジのファインアート学部(BA)へと進む。卒業予定だったのは2020年の8月末ごろだから、中途退学をしたということになる。

 原因となったのは主に「経済的な理由」と「心身の病状の悪化」の二つで、今は帰国して程々に働きながら楽しく活動をしている。生活するのに十分な収入を得たことと病院に通ったことで、体調・精神状態は当時に比べると格段に良くなった。

 ここには、大学の公式webサイトからでは把握しにくいような、実際の授業の様子などを思い出して書いておこうと思う。出願方法や入学資格、学費についてなど、検索をかければすぐ明確に分かる事柄は記載しない。また、これは一般に広く向けた大学の紹介文ではなく、あくまでも私の個人的な経験に基づいて書かれたものだということに留意していただければ幸い。軽い読み物としてお楽しみください。

 言うまでもないことですが、これから留学しようと考えている方は、某知恵袋の解答や私のような過去の留学者が発信している情報を、正確なものとして扱ったり鵜呑みにしたりするのは絶対に止めてくださいね。何か確かめたいことがあれば、必ず大学やその窓口、ウェブサイト等で直接確認してください。

大学の公式サイト:

arts.ac.uk(UAL)

arts.ac.uk/colleges/chelsea-college-of-arts(Chelsea)

arts.ac.uk/colleges/central-saint-martins(CSM)

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セントマーチンズ正面
  • ロンドン芸術大学(UAL)について

 そもそも、このロンドン芸大(University of the Arts, London)というのは、6つの独立したカレッジの集合体であり総称だ。それぞれ

・セントラル・セント・マーチンズ(CSM、セントマとも)

・チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ(Chelsea)

・キャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツ(Camberwell)

・ウィンブルドン・カレッジ・オブ・アーツ(Wimbledon)

・ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション(LCF)

・ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション(LCC)

という名前で呼ばれており、立地と学部、特色が異なっている。

 同じ名前や似た系統の学部・コースが複数のカレッジに存在している場合があるので、どこに進めば自分の目的を果たすことができるか、その環境が最適なものかどうかを熟慮して選ぶことが必要。

 例えばファインアート科だけを比較しても、セントマとチェルシーでは生徒の数、作品の傾向(2D, 3D, 4Dand XD pathway)ごとのクラス分けの有無、全体の作品の雰囲気に大きな違いがあるし、もしも現代美術をやりつつ絵画に特化した環境を求めている人がいれば、キャンバーウェルやウィンブルドンのペインティング学部を検討してみるのもひとつの選択肢だと思う。また舞台美術寄りの表現に興味があるのならば、ウィンブルドン・カレッジも魅力的かもしれない。

 判断の際は、大学のウェブサイトに掲載されている参考作品例や過去の卒業生、講師の普段の活動などから大体のイメージがつかめる。入学希望者向けの学校開放日や説明会もあって、そのあたりは日本で受験する芸大・美大を選ぶ感覚とさほど変わらない。入試でのポートフォリオ審査の際も、入学したいカレッジの特色を把握し、それを踏まえた構成と内容にすることが大切だ。

 これら6つのカレッジはそれぞれが校舎内に図書館を持っていて、UALの学生であればどの場所にあるものでも利用することができる。つまりセントマの生徒であってもLCFの図書館に出入りして本を借りる、といったことが可能だということ。所蔵されている図書のジャンル(デザイン、ファッション、建築など)も、カレッジにより異なっている。

 また、滞在先として提供される大学の寮があるが、2019年2月の時点では全部で13のロンドン芸大の寮が市内に存在していた。どこもかなり割高(部屋の形態によるが)だが、個人的には1年入居してみて得られたものが意外と多かったので、いちど利用してみるのも良いと思う。初学年以降になると寮への入居の希望を提出したとしても、それが受理される保証はどこにもないので、並行して個人でアコモデーションを探しておく必要があるだろう。

 それでは以下、実際の学生生活の中で体験したことを書いていく。

  • セント・マーチンズ(CSM)でのファウンデーション・ディプロマ

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セントマ前の広場

 ファウンデーション。この化粧品のような名前の妙なコースは一体全体何なのかというと、イギリス国外の高校を卒業してから、そのまま大学への留学を希望する生徒に向けた一種の準備コースである。

 イギリスでは、大抵の美術大学の学部(Undergraduate)の入学資格に「Aレベルの成績」が含まれている。Aレベルというのは現地の高校生が大学入学のために受講する2年間のコースのことなので、その成績を所持しておらず、なおかつ母国の美術大学から編入するのではない場合、留学生は別の形で同等のものを得なければならない。それがこの、1年間のファウンデーション・ディプロマだ。出願するには高校の美術関連の科目で好成績を収めておくのと、Tier 4ビザを取得できるレベルの英語能力が必須になる。

 セント・マーチンズ・カレッジのこのコースは生徒の進学したい学部別にクラスが分かれていて、私はファインアートを選んで在籍していた。他にもファッション&テキスタイル、グラフィックデザイン、3Dデザイン&建築というクラスがあり、しばらくするとその中でも細かい目的ごとにグループ分けがされる。

 そんなファインアートのクラスで行われる授業は、学部入学に向けて自分の表現を深めていく際に必要となる基礎的な美術の知識を学ぶものに加えて、イギリスの美術教育のシステムや評価に生徒を慣れさせる目的のものがある。私個人は高校三年間の専門コースでずっと美術史や造形全般の授業を受けていたので、前者は分かり切っていることの羅列で退屈だったけれど、後者には価値があった。これについては後で記載しようと思う。

 ファウンデーションの時点では学部ほど自由度は高くなく、課題を与えられて制作をし、講評(とディスカッション)をして、評価・フィードバックを得るのを繰り返すのが一連の流れ。使えるスペースの広さも限られている。そんな中で絵画や立体(併せて木工・金工ワークショップの使い方を教わる)をはじめ、動画編集、冊子づくり、インスタレーション、パフォーマンスなど、とりあえず一通りのことをやらされるという感じ。進学準備コースと呼ばれるだけあって詰め込み型。

 そして、学部への入試(面接とポートフォリオ審査)はファウンデーションを修了する直前に行われた。私が受験したのはセント・マーチンズとチェルシーのファインアート学部、そしてキャンバーウェルのペインティング学部の3つで、とりあえず全てに合格することができ安心する。たまに勘違いしている人がいるが、ファウンデーションコースを修了したからといって希望の学部に入学できる保証はない。それはコースの倍率と担当講師との相性、適性による。

 特に大人気のファッション学科は志望者が大量にいるので、落ちて他の学部を選ばざるを得ない生徒もたくさんいた。逆にファイン系はどこも余裕がある感じ。過疎というほどではないけれど。

 最後まで悩んでいたが、私はチェルシーへと進学することに決めた。その後は新しいBAのコースのためのビザを取得し、秋に新学期が始まることになる。

  • チェルシー・カレッジ(Chelsea College of Arts)

 最寄り駅は地下鉄ヴィクトリア線のピムリコで、駅から徒歩約2分ほどで着く。道路を挟んで、テート・ブリテンという美術館の真横に位置しているのが、このチェルシー・カレッジ・オブ・アーツ。チェルシーの学生は、テート・ブリテンの特別展示に無料で入ることができる(常設展はだれでも無料)。上記のセントマと比べると在校生の数は少なめで、どこかゆったりとした雰囲気が漂っているところだ。

 入学後は、おおよそ生徒10人程度につき2人の担当講師(それぞれ作品自体に助言をする講師と、それを支える知識や考え方について助言する講師)がつくことになる。

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講堂のようす

 チェルシー・カレッジのファインアート学部(をはじめ、UALの他のカレッジでも)では、作品づくりにおいて「結果」と「過程」が同じくらい重視されている。なので、中間講評や最終講評の際には作品自体だけではなく、作品を支えるリサーチの結果や制作の背景、自分の興味の核にあるもの、参考にした画家・芸術運動などの文脈、そして失敗作を含む試作品などを、できるだけ多くはっきりと示さなくてはならない。ファインアートのそういった面を重点的に学びたい、という人にはチェルシー・カレッジをおすすめする。当時の自分もそうだった。

 各課題に関しては、講師のアドバイスを受けながら自分で設定することになる。いわゆる「出題」という形で向こう側から提示されるものはないし、使うメディアにも制限はない。生徒自身がいま何に取り組みたいのか、そこから何を期待し求めているのかをその都度考えて、制作をする。なので「自分がやりたい表現(か、採用したいアイデア)」がある程度固まっていない状態の人は結構つらい、というかすることが無くなると思う。それと並行して、レポート等の文章も提出したり、リサーチ単体でのプレゼンテーションをしたりする。

 大学での制作における講師たちの立ち位置は、生徒に一方的に何かを教えるものではなく、各々がやりたいことに合わせて手助けをしてくれるような存在だ。アトリエに定期的に来て、必要があればアドバイスをしてくれる。学期ごとに開催される講評会の場合は、外部からゲスト講師がきて講評を担当することも。

 実技制作以外の授業では、まず21世紀の作家の表現についてと、それに関わりが深い社会の動きについての講義があった。これは古代から20世紀まで、特に近代以降の美術史の流れを理解していること前提で進められていくので、大学以前にほとんど美術史を学ぶ機会がなかった人は改めて一通りの知識をつけておくのが良いと思う。あとは少人数のクラスで行うゼミで、選べる科目には例えば「詩の可能性」とか「ギャラリーという空間の役割の変遷」などがあった(年によって変わる)。

 そして毎週火曜日にレクチャーシアターで開催されていたのが、現役で活躍しているアーティストのトーク。そこでは表現に携わっている人の生の声を近くで直接聞けたので、結構好きだったな。

 施設については、アトリエの中で個人が自由に使えたのがだいたい5, 6メートル四方の空間だったと記憶している。あとは周囲の生徒との兼ね合い。利用できるワークショップは木工、金工、セラミック、鋳造とレーザーカッティングで、大判の印刷や特殊な効果の印刷、製本を行うことができる設備もあった。

 ......だいたいこんな感じだろうか。そして2018年夏に最後の講評を終え、私は大学を辞めた。

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 ロンドンは美術を学ぶ学生にとって魅力的な選択肢がたくさんある街ですが、物価も家賃も高額なので、安価で快適に住むところを孤独に探し続けるのは本当に骨が折れます。以下には私がいろいろと部屋を移り住んでみた感想を綴りました。

 個人的な留学鬱に興味のある方はこちらもどうぞ。

 自己の興味と欲求を変換する手段としてずっと美術を利用していたので、何年間も同じ「学問の枠」からアプローチを続けた結果、見事に絵画表現に飽きました。鑑賞は今でも好きですが......人生の中でやりたいことが多すぎるのが問題ですね。そんな自分のことが大好きです。自分の好奇心を第一に大切にしつつ、応援してくれた方々へ少しずつ恩を返している最中です。

 さて、私が帰国してから一体何をしているのかというと(冒頭にも少し書きましたが)、とりあえず興味を持った仕事をして小金を稼ぎながら療養と探求を試みています――これについてはまた改めてまとめようと思います。

 ひとつ言えるのは、昨年の夏に思い切って舵を切ったことが、今の自分にとても良い影響をもたらしているということです。毎日がおもしろい。そして目下の目標は、自分自身の発言にしっかりとした説得力を持たせること。そのための行動を少しずつ起こしていますので、今後ともよろしくお願いいたしますね。