江東区の夢の島公園には大温室の占める一角がある。
新木場駅から歩いて15分ほどで辿り着けるそこは、夢の島熱帯植物館(よく表記を間違えられるが植物"園"ではない)と呼ばれている場所だ。付近は閑散としていたが、野球場や競技場などスポーツに関連した施設に囲まれており、何らかの大会が開催される折にはたくさんの人々がここを訪れるのだろうと予想できた。
海が近いが潮の香りはあまりしなかった。
張り詰めた肌寒い日が続く時期、特に1月はこのような暖かい温室で植物に囲まれ過ごすひとときがあると、心身がわずかに弛緩して落ち着く。そう感じるのはきっと私だけではないと思う。当時は風邪ではないのに咳が止まらない状態だったけれど、館内の湿った空気が、乾いて荒れていた気管支を少し潤してくれた。
公式サイト:
【東京都】夢の島公園 夢の島熱帯植物館(夢の島熱帯植物館)
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植物館について
入館料は、2019年1月時点で大人250円だった。小学生以下のこどもや東京都内に在学している中学生は無料、そして65歳以上であれば割引されて120円になる。
入口の門のところに券売機があるので、そこで買った券を受付で見せて、パンフレットをもらおう。
夢の島熱帯植物館は、近隣にある新江東清掃工場――そこのゴミ焼却炉で生み出された熱エネルギーを利用して運営されている。
熱帯植物館という名前が示すとおり、内部に展示されている草木は東南アジアやアマゾン、アフリカ中部の熱帯雨林でみられるものが多い。1年を通して気温と湿度が高いのに加えて、非常に多様で複雑な生態系がみられるのがその特徴だ。
全体の植物のなかで樹木の占める割合が高いことでも知られている。
この植物館を構成する主要な空間は、A, B, そしてCという三つのドームからなる大温室のエリア、企画展示室とイベントホール、そして映像ホールとなっている。私が訪れた際はイベントホールが工事中だった。
行われていた企画展は、《生命の楽園ボルネオ~メガダイバーシティの森~ 阿部雄介写真展》。
鮮やかなチャワンタケ目のキノコや南国特有の大きな虫、絞め殺し植物、ボルネオオランウータンなどの姿をとらえた彼のレンズが映し出した光景が、100枚以上の写真と共に展開されていた。
この展示の撮影は禁止されていたので様子を載せることはできないが、過去に東京農大で開催されていた展示のリンクを貼っておく。雰囲気だけは伝わりそう。
エントランスホールから通路を右に進んで、温室の中へと歩を進める。
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大温室のエリア
大温室のドームはそれぞれが異なる特徴を持っていて、内部にドアなどの区切りは設けられておらず緩やかに繋がっている。
訪問客が最初に目にすることになるのはAドームで、そこには大きな池と流れ落ちる滝の周囲には木性シダやオニバスの類が生息していた。大きく目立つヒカゲヘゴをはじめ、フウリンブッソウゲやゾウタケなどもある。
内部には細い石段や滑りやすくなっている道も多くあるので、足元には十分に気を付けたい。
当たり前のことかもしれないが、こうして生育環境を整えられた空間で生きている植物を見るのは、どこか不思議な感じがする。もともと存在していた場所ではないところから持ってこられたものが、育つのに最適な環境を与えられてすくすくと伸びている光景。おそらく彼らを害する天敵は温室の中には存在していないし、その点でこの空間はとても快適なものだといえる。......かもしれない。
「与えられた場所で咲く」という言葉や「咲く場所を選ぶ」という言葉がある。
生まれた時の環境や置かれた状況を受け入れ、その中でうまく立ち回るか。それとも、より生きるのに最適な場所を目指して動くのかというもの。
この大温室にある植物たちは東京のこの地域に自生する種ではないので、この空間が崩壊すれば長くは生きられないけれど、そうでない限りは安泰だ。
彼らは自分からこの場所を選んだわけではないけれど、丁寧に扱われ世話をされて日々を過ごしている(もちろん、それが植物にとって幸福なのかどうか私には知る由がないが)。
そういうことは人間の世界でもよく起こる。
自分の力で選び、努力して得た居場所が必ずしも良いところであるとは限らないし、その逆もある。意思や願望に反して、たまたま流れ着いた場所がその人にとっての楽園かもしれない。
考えれば考えるほど、こんなことは植物にとって本当にどうでもいいことなのだと実感させられる。
存在と営みそのものが既に美しい彼らにとっては。
また、偶に「動物園にいる動物は幸せなのか否か」という論争が発生するときがあるけれど、これも不毛な話題だと思う。そんなことは誰にもわからない。
滝の裏側のトンネルを抜けた先はBドームで、人家のような見た目の四阿が設置されていた。
熱帯地方の人里の景観がテーマだというこの近辺では、香辛料などに使われるトーチジンジャー(ショウガの一種)やパーム油の取れるヤシ、貴重な水分源であるココヤシなどを見ることができる。
植物館のカレンダーを確認すると、3月の頃になればこのエリアで碧く美しいヒスイカズラの花が咲くというから、暖かくなってきたらまた足を運ぶ予定。
さて、バナナやマンゴー、カカオといった各種の食べられる果実の中で、異彩を放っていたのがパイナップルだった。
ご存知の方も多いと思うが、パイナップルは木の上ではなく、地面から生えた幹の上部に生る。まるで王冠か何かのように。その佇まいは妙に印象に残るというか、私には面白い感じすら与えられるのだが、理由はさっぱり分からない。パイナップル畑の画像などはしばらく眺めていられる。
温室の中で、小さいけれどしっかりと実をつけていたパイナップルがこちら。実が重くなりすぎると、倒れてしまうこともあるのだろうか?
やっぱりこの姿はちょっとおもしろい。
続くCドームには、東京都の南方に存在する亜熱帯、小笠原の近辺に自生する植物が多く集められていた。なかでも迫力があったのが、この「タコノキ」。パンダヌスとも呼ばれているらしい。
気根(空中に突出している根のこと)がまるでタコの足のように展開するのがその名の由来で、熟すと橙色に変わる実がなる。
調べると、デイリーポータルZの記事に「アダンを食べてみる」というものがあり、その中でタコノキも果実の試食が行われていた。ちなみにアダンというのはタコノキ科の植物で、タコノキに特徴が似ている。
余談だが、かつての日本画界の異端児、田中一村が描いた《アダンの海辺》は私の大好きな絵でもある。興味のある方はぜひ検索してみてほしい。
上記事によると、タコノキの実は「ほんのり甘く繊維質の食感で、アルコールの匂いが強い」そうだが、絞ってジュースにでもして飲んでみたい気持ちはある。
でも味はとても薄そう。
ここでは他にもムニンノボタンやオウギバショウモドキといった、小笠原諸島に固有の貴重な種が育てられている。
特にムニンノボタンは父島で行われた道路工事などの影響を受けて数が激減し、1983年に殖産事業が進められるまでには、自生している株は1つしか確認できないような状態に陥っていたのだという。
その後は順調に数を増やしているが、数が少ないだけではなく環境の変化に脆弱な彼らは今でも絶滅危惧種に指定され、保護されている。乾季であっても土中に豊富な水分がなければうまく育たない。
幹や古枝を除く全身が褐色の毛でおおわれ、はかなげな白い花をつけるムニンノボタン。
この温室の内部でもその姿を楽しむことができるけれど、実際に小笠原諸島へと渡って、広がる空の下で自生している彼らのことも見てみたい。
ムニンノボタンについて:RL/RDB:環境省
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食虫植物の温室
大温室Cドームの2階から直接つながっている扉をくぐって、左側へ目を向けると食虫植物温室がある。
小規模ではあるが、モウセンゴケ、ウツボカズラといった定番のものから、ムシトリスミレやサラセニアなど幅広い種類を保有しているスペースになっていて面白かった。
食虫植物には虫の捕らえ方別の分類があり、大きく分けて落とし穴、はさみ罠、粘着(とりもち)式の3種類がある。これに加えて「ウトリクラリア」という水草の一種のように、水中で袋の中に虫などを吸い込み、消化と吸収を行う生態を持つものもある。
あらゆる手段を駆使して栄養分を確保し、たくましく生きる彼らの姿は力強いと同時にかわいらしい。
ところで、これはたまたま見かけたものなのだが、どうやらマレーシアの山岳地帯にはウツボカズラを用いた民族料理が存在しているらしい。紹介をしている方がいた。
自分は、日本で一番ウツボカズラ飯を作っている人間だと思う。 pic.twitter.com/Ws9i2jFFsD
— 木谷美咲 (@Dionaeko) January 25, 2019
すごい......。
お米を中に入れて蒸しており、少しの青臭さと酸味があるらしい。気になる。普段は捕食した虫たちを栄養源としている彼らも、まさか人間に捕らえられて米を詰められ、茹でられることになろうとは夢にも思っていないはずだ。
果たしてウツボカズラが夢というものを見るのかどうかは知らないが。
多肉植物もそうだが、少し変わった生態を持つ植物はその見た目も面白いものが多く、とても惹かれる。植物に限った話ではないかもしれない。他の動物も、進化や環境に適応する過程で、何らかの特徴や能力を獲得している。
珍しい生き物を見つけて、なぜ彼らはあんな姿形をしているのだろうかと考える時間が好きだし、きっと忙しい日々の中でもそういうものこそ大切にするべきなのだろう。
またこの温室に来たいし、ほかの植物園も覗きにいきたい。
いずれ、この前訪れた「東京都薬用植物園」の温室や、栽培されていた興味深い植物についても書こうと思っています。草花が好きな人は読んでみてください。