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彷徨する自由帖

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ヨークシャー・デイルズ国立公園:イギリス留学中のクリスマス休暇旅行(2)

 

 前回の記事の続きです。

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 例えば「ヒースの花」や「ムーア」という言葉をふと耳にした際に、その脳裏に英国を代表する作家、エミリー・ブロンテの著作である「嵐が丘」が併せて浮かんでくる人――は決して少なくないと思う。何といっても、私自身がそのうちのひとりだからだ。

 そして、ブロンテ姉妹の出身地であるハワースの村や、日本の皇族である佳子さまの留学した都市・リーズを内包しているのがイングランド最大のカウンティ(州)。この旅の後半で私が動き回った地域、ヨークシャーなのである。

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典型的なヨークシャー・デイルズの風景

 なかでもヨークシャー・デイルズと呼ばれているのは、湖水地方と同じように国立公園(National Park)に指定されているエリア。その周りはさらにノース・ペニーズ、ボウランドの森、そしてニダーデイルといったAONB(英国の特別自然景観地域)に囲まれている。古来からの興味深い地形を多く残しているのに加えて、緑の非常に豊かな場所なのだ。

 私は宿泊していた場所に最も近かったイングルトンという村、その横に伸びる道路から公園へと進入し、丘の頂上タン・ヒル(Tan Hill)へと向かった。その後、ハウエスの村(Hawes)を経由して宿へと戻る。図らずも、ちょうどヨークシャー・デイルズの真ん中を突っ切っていったような形になったよう。

 天候は一日を通して濃霧もしくは小雨であったが、そのうちのわずか数分ほど(正午になる少し前ごろの時刻であったと記憶している)雲間から顔をのぞかせた太陽の光は、とても美しい景色を眼前に示してくれた。

参考サイト:

Yorkshire Dales National lPark(ヨークシャー・デイルズのサイト)

Yorkshiredales.co.uk (コミュニティ&情報サイト)

YorkshireNet (ヨークシャーの観光情報サイト)

  • ヨークシャー・デイルズの概要

 そもそも私は実際に訪れるまで、ヨークシャー・デイルズが一体何なのか、どのようなものがそこにあるのか、に対する一切の知識や興味を持っていなかった。というのも存在自体を知らなかったからである。また、イギリス国内にある他の観光地と比べると、日本語で検索に引っかかるページの数はぐっと少なくなる。それでも観光情報サイトによれば、ヨークシャー・デイルズは年間で約800万人もの訪問者がいる場所なのだという。

 公園内を進んでいく途中で、霧の向こう側から忽然と現れたのは羊たちだった。どうやらご飯の時間だったらしい。こちらの姿を確認してワラワラと近付き、早く餌を与えなさい、と大きな鳴き声をあげていた。

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羊たち

 調べたところによると、デイル(dale)という単語は谷(valley)を表す言葉と類義で、その由来は諸言語――例えば古英語、古ノルド語、そしてオランダ語やドイツ語にも見つけることができるという。使用されているのは主に北部イングランドで、11世紀に行われたノルマンコンクエストがその普及に少なからず影響を及ぼしたと考えられている。公園内に存在する谷は湖水地方のものと似ており、その多くが、水や氷によって大地が削られて形成されたものだ。

 氷河期以前には既に、人類がヨークシャー・デイルズ付近に暮らしていたと信じられているが、確固たる証拠はまだ見つかっていない。当時は氷だった大地が溶けるに従って、あらゆるものの痕跡も同様に流れてしまったためである。

 加えておよそ紀元前1万6千年ごろ、すなわち氷河期の中で最も気温が低かった時期には、現在のイギリスに居住している人類は存在しなかったそうだ。その後に大陸からやってきた人々は狩猟採集民族であると考えられており、19世紀にはリブルスデイル(Ribblesdale)にある洞窟で、火打石といった道具が発見されている。

 やがて訪れた気温の上昇に伴い、大地は徐々に多くの植物で覆われていった。そしてこの地域に暮らす人口も増加していったのだという。

  • バタータブ・パス(Buttertubs Pass)

 目的の場所へと向かう途中で、まずバタータブ・パスという場所を通過することとなった。私は自動車の免許を所持していないので想像をすることしかできないけれど、底の見えない断崖を横目に、不明瞭な視界と強風の中ハンドルを握るのは一体どんな気分なのだろうか。

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水が流れ出ている

 序盤の方で、当日の天候は濃霧か小雨だったと書いた。道中で遭遇したこの深い谷の景色は、まるで自分たちが雲の上かどこかに立っているような錯覚を引き起こす。そして驚くほどに冷たく強い風は、大げさかもしれないが命の危険すら感じさせた。

 雨に殴打されながらかぶっていたニット帽を手で押さえて歩いていると、すれ違いざまに挨拶をした他の訪問客も、この厳しい環境に苦く微笑んでいた。

 バター。特定の酪農品を強く連想させるこの道の名前は、とある民間伝承が由来になっているそうだ。それはかつての農夫たちがハウエスの村(マーケットタウンであった)へと向かう途中、暑い日には商品であるバターを低温に保つため、この近辺にある石灰岩の窪み(穴)の中へとバターを安置していたというもの。

 車から降りてみると、むき出しになった荒々しい岩小さな滝を近辺に見ることができた。道路にはカーブが多いわりに、柵やガードレールの立っている部分が少なく、一歩間違えると大惨事になりかねない緊張感を常に感じる。

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荒々しい岩の窪み

 見てもらうとわかるように、風雨の影響で不明瞭な写真しか記録として残っていない。吹きすさんでいた風の音をここで再現できないのは少々残念だが、道中で意図せずこのようなものに出会えたことはとても幸運だった。

 この道路は比較的名の知られたものであるらしく、車と自転車を愛好する人たちにとっては心躍る要素を多く内包しているそうだ。例えば以下のページを参照されたい。

イギリスの道路情報サイトより:Buttertubs Pass - Yorkshire Dales - Driving Roads

 

  • 点在する小屋

 ヨークシャー・デイルズの公園内をドライブ、もしくは徒歩で散策していると、開けた場所に出るたび小屋のような建物がちらほらと目に付く。その素材は石であったり木であったりとさまざまだ。状態も、屋根から崩れかけているものもあれば、比較的きれいなままのものもある。

 この地域を描写する際の特徴的なアイコンとなる、これらの多くはTFBs(Traditional Farm Buildings, 伝統的な農場の建築物)に指定されており、景観保護と歴史的価値の観点から評価・管理されている。もはや使われていない古い小屋や納屋にも、かつての農場経営や家畜を飼育する方法、その様子を調査するための、手掛かりとなる要素が多分に含まれているのだ。

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無数の小屋のうちのひとつ

 公式サイトによれば、ヨークシャー・デイルズ内ではおおよそ4000を超えるこれらの納屋や小屋を見ることができるという。

 無人の、あるいは打ち捨てられた小屋に対して私が持つのは歴史への興味だけではなく、ある種の美的な関心でもある。例えば私が絵筆をとるときに、無人の小屋は意識する・しないに関わらず頻繁に画面上に現れてくる。それらを眺める時に感じる「不在が喚起する存在」のありかに、自分はどうしようもなく惹かれているのかもしれない。昨年10月に大学横のテート・ブリテンで、現代美術家レイチェル・ホワイトリードの鳥小屋を用いた作品を鑑賞したときに感じたものと、それは似ている。まるで郷愁のような。

 郷愁といえば、数年前に話題になった、エラ・フランシス・サンダース著の「翻訳できない世界のことば(Lost in Translation)」に掲載されていたウェールズ語 "Hiraeth(ヒラエス)" が真っ先に私の頭の中に浮かぶ。非常に美しい響きと意味を持つ単語なので、もしも興味を持った方がいればぜひ詳細を検索してみてほしい。

 ふと道の端に車を停めたとき、雲の間からはわずかに太陽が覗いていた。そして石垣の向こうに目を向けた私は、出現していた虹に感嘆すると同時に、ある一枚の絵を脳裏に浮かべずにはいられなかった。

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 上の写真は私が実際に遭遇した風景で、下の画像は英国の画家デイヴィッド・インショーが、かつて暮らしたウィルトシャーの風景をもとにして描いた"She did not turn(彼女は振り返らなかった)"という絵画だ。ふたつの構図や構成要素は異なっているものの、どこか繋がりを感じさせられる。仮に、自分が「描かれた存在」としてひとつの風景の中に現れるのだとしたら、一体どんな姿になるのだろう……とふと考えた。

 また、言語化するのは非常に難しいが、彼の作品はイギリスの近現代絵画らしいおもしろさを数多く持っている。他の作品や経歴を調べられるウェブサイトをここに記載しておく。

David Inshawの作品サイト:The David Inshaw website and on-line gallery

  • タン・ヒル・イン(Tan Hill Inn)

 雉や羊を追い越してさらに道を進んでいくと、見渡す限り驚くほどに何もない土地が広がり、その丘の上にパブが佇んでいるのが見えた。

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 パブ文化はイギリスを代表する名物(この言葉が適当かどうかは不明だが)のうちのひとつだ。パブリック・ハウスを語源とする名称が示すとおり、英国の人々は皆ここに集い、飲んだり食べたり語らったりする。

 このとき訪れたタン・ヒル・インという場所は、ブリテン島とアイルランド島の一部、その他無数の英国の島々に存在するパブの中で、最も海抜の高い位置に建てられたものとして知られている。

 その歴史は17世紀まで遡ることができ、当初は炭鉱で働く労働者の休息所として開かれたそうだ。それに伴って、炭鉱夫が暮らすための小屋も多数建設されていたようである。やがてこの産業が衰退し、1929年に最後の炭鉱が閉じられたが、主に近郊の農夫たちや旅行者の利用によりタン・ヒル・インは存続している。

 ウェブサイトによれば、つい最近である2017年に宿泊施設部分の改装も行われたらしい。

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あたたかな暖炉

 時間帯のせいかもしれないが、人の数はまばらだった。

 二重になっていた入り口の扉の内部の空間は非常に暖かく、ビールを飲みながら暖炉の火のそばに座っていると、うっかり眠りへと誘われそうになる。さらに奥の方に位置する部屋には居心地のよさそうな古いソファがいくつか置かれており、雰囲気も良い。

 タン・ヒル・インは1995年に、結婚式やその他の式典を執り行う資格を付与された英国で最初のパブとなった。それには英国で新しい法律が施行された結果、教会やそれに準ずる施設ではなくても、婚礼の儀を行うことが認められるようになった経緯が存在していたのだ。今ではこの資格は保持されていないが、関連する行事は未だにこの場所で開催されている。

 詳しい理由は分からないが、この付近ではを連れていた人の数が比較的多く見られたように思う。もちろんただの偶然かもしれない。もしも自分が犬であったならば、ヨークシャー・デイルズのような広大な公園で思い切り遊び回り、その後はお腹いっぱいにおいしいご飯を頂きたい。これは、人間としての形をどうにか保っている今でも全く同じように考えていることである。

Tan Hill Innのサイト:Tan Hill Inn Highest Pub in Britain

 宿への帰りは来た道とほとんど同じルートを辿った(そもそも道の数が少ない)。反対の方角から見た周囲の光景は、やはり往路で眺めていたものとはどこか異なっているように感じる。旅の間中、刻一刻と移り変わる天候も含めて、私はこの土地の持っている面白さを享受した。

 そして、帰り際にハウエスの村で立ち寄ったフィッシュアンドチップスのお店はこちら。評判は小耳に挟んでいたが、期待を裏切らないおいしさだった。できたてを頂く際には舌やお口の火傷に注意。個人的に、お魚はコッド(タラ)よりもハドック(コダラ)の方が好みだ。

 食品を表す英語について自分は本当に疎いのだけれど、ふとノルウェーで食したおいしいお魚のことはポロックといい(某モンスター育成ゲームに登場するアイテムを彷彿とさせる)、これもまたタラの一種であるのだということを唐突に思い出した。結論、タラは美味である。おしまい。

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 余談だが、ヨークシャーにもう一つ存在する国立公園のノース・ヨーク・ムーアズ内にある、13世紀の遺跡Rievaulx Abbeyが非常に美しかったので、次回足を運ぶ際には必ず訪れたいという決意を新たにした。海岸沿いの方へ出ていくことにも興味がある。