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J・P・ホーガン「星を継ぐもの」かつては現実に思えた夢の名残り|ほぼ500文字の感想

 

 

 

 本棚から創元SF文庫「星を継ぐもの」が出てきた。

 J・P・ホーガンの著作で日本語訳は池央耿。《巨人たちの星シリーズ》3部作の、第1部だった(しかし、かなり後になって新しく第4部が発行されている。さらにそれ以降の続刊は日本語に訳されていない)。

 

 読むと、この作品が「SF」であり「推理・ミステリ」でもあると評されている理由が分かった。

 同時に、なんて地味なんだろう……としみじみ思い、考えるほどに嬉しくなる。

 扱われる問題は壮大なのに、物語の仕掛けとして使われている叙述の手法自体はすごく、ものすごく地味、なのが実に良かった。読者は中盤で気付きを得て、最後の結論に至り、またプロローグに戻って納得する。あの流れ。

 

 基本的な筋書き以外の部分では、ハント博士の述懐が印象に残る。

 彼は現実を「相対的な〈量〉」だと感じるようになる。確固たる絶対的な現実が、そこに帰ればいつでも同じようにあるのではなく、その時己の身を取り巻いているものと、対峙しているものだけが現実でありうるのだと。

 慣れ親しんだ地球を離れた瞬間に、生まれた時から慣れ親しんでいたその海も大地も、もはや現実ではなくなる。再びそこに戻るまでは。

 戻ることがなければ……地球は(たとえ客観的には存在していたとしても)、未来永劫に「かつては現実だと思えた夢の名残り」となる。

 

 

 引用部分を除いて約500文字

 以下のマストドン(Masodon)に掲載した文章です。

 

 

〈……この先ネタバレ……〉

 

 

 他の人の感想を検索したら「プロローグでコリエルが『巨人』と呼ばれていた理由が分からない」もしくは「なぜあの時点で月面にチャーリー(仮称)が巨人といたのか」というものが散見された。

 それは物語の後半をよく読めばおのずと理解できてくる要素で、プロローグの描写はいわゆる「叙述トリック」になっている。

 ダンチェッカー教授とハント博士の会話を見てみよう。

 ルナリアン語で書かれた文章に登場する〈巨人〉の語は慣用句的なもので、超大な力や卓越した知識など、普通の人間よりも優れたものを指すときに使われているのだった。だから疲れを知らないように見えるコリエルをチャーリー(仮称)は巨人と呼んでいた。プロローグは彼らの視点で描かれているから、その慣用句が読者には最初理解できない。読み進めるうちに分かってくる。

 ゆえに、コリエルはガニメアン種の巨人ではなく人類(ミネルヴァで生まれ育ったルナリアン)であり、後に作中世界の地球に降り立って、私達の祖先となった存在である。

 

 

 

 

 

 

 

夢野久作《女坑主》口先で弄する虚無より遥かな深淵を覗いたら|日本の近代文学

 

 

 

 

 

 

 物語に名前が登場する新張琢磨のモデルはきっと、実在した伊藤伝右衛門のような、明治大正期の炭坑成金なのだろう……と思う。

 

新張家の豪華を極めた応接室の中央と四隅のシャンデリアには、数知れない切子球に屈折された、蒼白な電光が煌々と輝き満ちている。
その中央の大卓子の上にはトテモ炭坑地方とは思えない立派な洋食の皿と、高価な酒瓶が並んでいる。

 

(角川文庫「少女地獄」(2012) より「女坑主」夢野久作 p.252)

 

 いかにも気弱そうな青年と凄艶な女坑主とが、絢爛な応接間で向かい合い、会話をしている。紙上に展開する空間は、冒頭から余剰を感じさせるほどにきらびやかで、それでいて、どこかうす暗い雰囲気にも包まれているのだった。

 昭和初期に発表された夢野久作の「女坑主」は、文庫にして約20数ページという短さに収まる。

 その中ではじめに場面が切り替わり、意表を突く要素が描かれたかと思えば、今度は重ねるようにして一気に力の関係が転換させられる。出し抜く方と出し抜かれた方……2人の人物が収められた画の構図は、ひとつ前の場面と比べるとまったく主従が反対になっている風にも見えた。

 一連の展開は、いわゆるスパイ物語から抜き出したもののようで疾走感があり、読んでいて単純にわくわくさせられる。最近の小説だと柳広司の「ジョーカー・ゲーム」シリーズも連想した。

 そして筋書き以外にも魅力的なのは情景描写に加えて、ほんの束の間だけ顔を合わせてやり取りした2人、青年と女坑主・新張眉香子の人物造形。彼らが自身の口から語り、あるいは実際に行動で示してみせた「虚無」への姿勢の味わい深さが、そこにはある。

 

書籍:

短編集 少女地獄(著:夢野久作 / 角川文庫)

 

 

※以下で物語の内容やその詳細に言及しています。

 

 

 応接室でぎこちない受け答えをする、純真そうな青年。

 彼は実のところ、虎視眈々と望む筋書きのために冷静に思考を巡らせ、ダイナマイトを手に入れて遁走しようと画策していた某党の九州執行委員長だった。

 本当は上海にある党の本部へ仲間と共に逃げ込むつもりなのに、それを偽って「今後の日本政府のためエチオピア(スエズ)で爆破事件を起こし、イギリスとイタリアの戦争を引き起こす」と言い、眉香子の興味をそそる。12人いる仲間のうち5人は東亜会つながりの軍事探偵で、これまで世界各国に散らばり、情報収集をしていたのだ……と。

 青年が語る「虚無観」は、そんな彼の作り話に端を発して述べられる。

 いわく、ダイナマイトの爆薬を使って水雷を完成させたら、くじ引きで決めた数人が水雷を持ってイギリスの軍艦のそばまで行く。あとは人間もろとも玉砕させる算段だが、これはどうしても計画を完遂するために必要な犠牲なのだ、と言う。

 

 話を聞き、尊い若者の犠牲があまりにも惜しいと嘆く眉香子。

 彼女に対して青年は、そもそも生きている実感など自分達にはなく、ただ衰えていくよりは使えるうち、できるだけ派手に命を使ってしまいたいと返すのだった。一般に情熱を傾けられそうな恋愛なども、結局は空虚な約束事であり、この世の真実とは空っぽであると語る。

「だから何もかもブチ壊してやりたくなる」のだと。

 

「世界中のありとあらゆる夢よりも、僕の心に巣喰っている虚無の方がズット深くて強いんですからね……明日になったらキット醒めちゃうんですから……」

 

(角川文庫「少女地獄」(2012) より「女坑主」夢野久作 p.255)

 

 だから、爆弾で死ぬことなど厭わない。

 そこへ眉香子はこう告げた。

 貴方に、死ぬのをイヤにならせて見せましょうか。

 

「理屈を言ったって駄目よ。明日になって見なくちゃわからないじゃないの。醒めようたって醒め切れない強い印象を貴方の脳髄の歯車の間に残して上げるわ……あたしの力で英、伊戦争を喰い止めてお眼にかけるわ」

 

(角川文庫「少女地獄」(2012) より「女坑主」夢野久作 p.255)

 

 この台詞が、鮮やかなまでに最後の場面にかかってくる。

 

 

 

 

 

 物語の初めに、眉香子という人物の背景にあるのがどのような経緯だったのか、概略が叙述されていたことをしみじみ思う。

 映画女優から福岡の筑豊における炭坑王・新張琢磨の妾となり、もとの正妻を押しのけて自分がその座についたかと思えば、遭遇したのは夫の急死。彼女が受け継いだ新張炭鉱には2千余人の労働者、内には前科者も含まれている中で、炭坑の元締めとして立派に君臨し周囲を失望させずにいるのが新張眉香子という人物なのだった。

 彼女が約40年の人生を通して、一体どのような人間の闇に対峙してきたのかは想像することしかできない。

 だが終盤で「人間を棄ててしまった女優上り、サンザしたい放題のことをしてきた虚無主義のブルジョア、惜しい浮世などない」と自身を称しているところからしても、一般市民には及ばない領域で数知れぬ物事を垣間見てきたはずだと思わされる。

 

「アンタ……それじゃ虚無主義者ね」
「そうですよ。虚無主義者でなくちゃ僕等みたいな思い切った仕事は出来ないんです」

 

(角川文庫「少女地獄」(2012) より「女坑主」夢野久作 p.254)

 

 この応接間で交わされた会話とは反対に、一切の夢も理想も掲げず、世の中など所詮はこんなものだと冷めきり、社会と人間存在の虚無をジッと見据えているのはむしろ眉香子の方ではないかと唸らざるを得ない。

 青年と眉香子は応接室で、相互に虚偽の人物を演じていた。

 

 青年の方に目を向けてみよう。実は某党員として上海の本部へ遁走しようとしていた彼だが、警察によって畳に転がされ、眉香子に「覚えておれ」「殺してやる」と吐き捨てた様子からは虚無的な様子など欠片も伺えない。当然だろう。所属している組織のために働き、いずれはその党の理想を実現させることこそが、おそらくは彼の抱いていた種類の「夢」だったのだから。

 仮に青年が真に虚無的な人間であれば、すべてを成り行きに任せ、別にいつ死のうが変わらない……と自分自身の状況すら諦念をもって静観するだろう。「プロ(プロレタリア)の闘士」たる青年が最後に見せたのは、そういう態度ではなかった。

「僕の心に巣喰っている虚無の方がズット深くて強い」と嘯いた面影など、もう欠片もない。

 

 出し抜こうとして、出し抜かれる。

 そういう水面下で展開した嘘と不人情の応酬、口先で弄された虚無感。けれど物語を通してたった一点、その厚い演技の仮面をはぎ取るとまでは行かずとも、何か真実のようなものを垣間見られる場面が作中には確かに存在した。

 見よ、と、誰にともなく強く促されたあの場面。

 草木の一本、犬の一匹、人間の一人も存在しない「寂寞無人の厳粛な地獄絵図」。

 

それは一本の木も草もない、荒涼たる硬炭焼滓だらけの起伏と、煙墨だらけの煉瓦や、石塊や、廃材等々々が作る、陰惨な投影の大集団であった。人間の影一つ、犬コロ一匹通っていない真の寂莫無人の厳粛な地獄絵図としか見えなかった。
その片隅に、もう消えかかったガラ焼の焔と煙が、ヌラヌラメラメラと古綿のように、または腐った花びらのように捩れ合っているのであった。

 

(角川文庫「少女地獄」(2012) より「女坑主」夢野久作 p.257)

 

 こんな「地獄絵図」たる新張炭鉱こそ、現在の眉香子の持ち物。

 うろたえた様子もすぐに霧散し、応接室を出てからは冷静に振る舞っていた青年の胸にだって、間違いなく強烈な印象を刻んだだろう。もちろん読者の胸にも。

 ぼんやり「瓶詰地獄」や「少女地獄」など、夢野久作の代表作が題に冠しているそれぞれの地獄のことを考えた。この世のあちこち、時には足元に、それらが口を開けている。

 

 パブリックドメイン作品なので、以下のリンクから全文が読める。

夢野久作 - 女坑主 全文|青空文庫

 紙媒体の購入はこちら。

 

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

 

 次に「坑主」ではなく「坑夫」の物語はいかがでしょうか?

 

 

 

 

 

 

生命に優先順位をつけるのは「愛」その差別的側面を浮き彫りにした社会契約制度|吟鳥子《きみを死なせないための物語》

 

 

 

 

「きょう すること なんにもない
 あしたも すること なんにもない
 誰もジジが必要じゃない

(中略)

 これは 死んでるのと
 どうちがうの」

 

(吟鳥子「きみを死なせないための物語」第5巻 epi.22『The Cold Logistic Equations』より ジジの台詞)

 

 

 元日に漫画「きみを死なせないための物語(ストーリア)」を読んでいた。

 

 作者は吟鳥子氏で、作画協力は中澤泉汰氏、また宇宙考証協力に首都大学東京の佐原宏典氏が迎えられているSF作品。表面上の分類は少女漫画になる。

 秋田書店のサイトSouffleにて、2023年1月31日まで開催されているキャンペーンの一環で1~2巻の内容が無料公開されており、実際に読んでみてから全9巻の電子版を買った。

 それもあってか、冒頭から「電子化されていないご本は秘密のご本なの」という台詞を目にしてなんだか落ち着かなくなった。作中社会の設定では禁忌とされた、紙の書籍で買ってもよかったかもしれない。

 

 

 私は外見が若いのに長い時間を生きている不老長寿の存在と孤独論が大好きなので、場合によっては数百年も生きることがある人間の突然変異……ネオテニイ(幼形成熟)と呼ばれる新人類が登場するこの作品も、そのあたりの萌えをはじめに期待して手に取った。長命種の孤独萌え。好き。

 けれど実際に読んでみると「きみを死なせないための物語」の本当の面白さは、そことはわりと異なる場所にあったのが以外だった。

 宇宙から見た人類そのものの存在と、愛の概念、また関係の話を味わった。

 作中では、人と人との間にある関係に徹底した名付けを強制される社会が描かれたことで、そこから零れ落ちるものの顕在化が可能になり、時に歓喜し時に苦悩する作中人物たちを通して固定観念の解体が試みられている。

 

 地球にいられなくなった人類の宇宙居住施設「コクーン」。

 内部ではその特殊な環境、容積と資源の限られた閉鎖空間に多くの人間が暮らす点への対策から、一般市民は特殊な社会道徳を遵守することになっていた。とりわけ人間関係に適用されるルールは物語中でもかなり重要な要素で、例えばある者とパートナー契約を結んでいない者との、契約に含まれていない範囲での接触は禁忌だった。

 代表的なのは成長の段階に応じて作られる第一(キッズ)パートナー、第二(キッシング)パートナー、第三(サード)パートナー。それらの社会パートナーとはまた別に、生殖パートナー、またワーキング・パートナーやシティ・フレンドといった社会契約もある。とにかく何でもある。

 要するに、相互の同意のもとで「私はこの人とこのような関係を構築します」とあらかじめ定めて他者とかかわり、場合によってはふたたび同意のもと、契約を解消する……。

 

 子孫を残せるのは生殖パートナーと契約を結び申請を行って、ゲノムの審査後に許可が下りた者たちのみで、誰でもできるわけではない。なぜなら厳しく人口の管理を行わなければ、狭いコクーンはすぐに人間で溢れかえり、破綻してしまうから。

 ゆえに「生存に値する基準を満たさず、社会への貢献度が低い」と上層部から判断された者は「リストイン」され、次に生まれてくる生命へと席を譲り渡すための、安楽死の通知が行われる。

 そんな世界で生きる者たちの話が描かれるのだった。

 

 詳細なあらすじは色々なところに掲載されているので、割愛して感想の方を書こう。

 

 

※以下で作品の内容、登場人物や、物語の核心などに言及しています。

 

 

 

「それじゃ ターラは寿命の長さや
 肉体の欠点で 愛する人を替えるの
 そんなことで気持ちを変えられるの!?」

 

(吟鳥子「きみを死なせないための物語」第1巻 epi.4より ルイの台詞)

 

 コクーン社会の一般常識では「愛」や「恋」が猥雑でいかがわしいものだとされている。

 この認識が幅を利かせる環境で育った主人公「アラタ」たち4人のネオテニイは、奇病のダフネー症を患った祇園という女性や、彼女と同じ症状に侵されている少女ジジとの出会いを経て、それまでとは違った課題に遭遇し、傷を負いながら思考する。

 読みながらずっと、作品のタイトルがぐるぐると頭の中を巡り、消えなかった。いったい誰が誰を死なせないための物語、なのかが。

 あらゆる登場人物が誰かを大切に思い、死なせたくないと思っている。そして、何かを特別に大切だと思う感情は「ある対象とそれ以外の生命に差異を見出し、優先順位に基づいて選別すること」に他ならないのだった。

 多くの人々がこの残酷な事実から目を逸らしている。

 

「…………かつて人類は……
 人間関係のもつれで殺人すら
 犯したと聞くわ…」

 

(吟鳥子「きみを死なせないための物語」第1巻 epi.15『自己中心的な世界で愛を叫んだけだもの』より ターラの台詞)

 

 愛は残酷だ。

 人間も、それ以外の対象も、選ぶ。

 すなわち愛した対象を、明確に他と区別する。

 

 "私は、あなたが一番好き。

 つまり、私は『他の誰かよりもあなたが好き』だということ。

 だから私にとって『あなたの優先順位は、その他の存在よりも上』になる。

 あなたは特別なの。"

 

 深く何かを愛したとき、いとも簡単に行われる選別。個々の認識の中で、命は決して価値を等しくしない、残酷な事実。想像してみよう。有事の際、大抵の人間は真っ先に大切な人を助けるだろう。大切な人以外の人間よりも。

 この感情が差別的でなくて、何だろうか?

 そう問いかけられている気がする。

 さらに第7巻では、デリーコクーンの内部にあるタージ・マハルのモニュメントを前にした幼いアラタとターラが会話し、かつてあったムガル帝国の王の逸話を例に挙げ「不平等の権化としての愛」に言及する場面があった。

 

「他にも妃がいたのに
 王様はそのお妃だけを特別扱いしたんでしょ
 シャー・ジャハーンは そのあとも
 長男だけを溺『愛』して戦争になったりするし

(中略)

『愛』は本質的に不平等な感情で
 人類の平等をめざすなら
 じゃまなものだし」

 

(吟鳥子「きみを死なせないための物語」第7巻 epi.34『Let sleeping dragons lie.』より アラタの台詞)

 

 とても面白い。これら「愛」という主題以外にも、印象的な問いは沢山投げかけられた。

 なかでも気になったのは「意味」という言葉や「価値」などの概念。ひとつの社会、ごく狭い共同体が定義するものから離れた、種としての人類を俯瞰する視点をもってしても(だからこそ?)そこから逃れることはできないのかもしれない。

 とある意味と価値の支配から逃れようとすると、結局のところ自由ではなく、また別の意味と価値の支配する領域に辿り着いてしまう。完全に枷を外すのが不可能だと理解して、しかし抗い続けるしかないのか……読んでいてそういう閉塞感がずっと残っていた。

 答えの存在しない問いであるからこそ。

 

 また、大きく感情を揺さぶられた場面のひとつに、ダフネー症のマリィとラリック教授との面会がある。

 ここは本当につらかった。あまりにも「キツい」と感じた。

 

「マリィね 先生といる時だけが
 生きてるって気がするの……
 先生といる時だけは
 生きててもいいんだって……
 マリィが生きてても怒られないんだなって
 そう思うの……」

 

(吟鳥子「きみを死なせないための物語」第3巻 epi.13『愛は種のさだめ』より マリィの台詞)

 

 キャラクター萌え的な話をすると、アラタの叔父であり優秀な研究者だった倣麒麟(ファン・チーリン)博士、通称ジラフが非常に可愛いと思った。レオーネ・サヴィ教授、通称ライオンと彼との関係も味わい深くて大好き。

 彼らのなんでもない一日をまとめた分厚い本が欲しい、と念じたほんの一部が第9巻で叶えられたのは、かなり僥倖だったといえる。

 ちなみに第9巻は「番外編」の位置づけとなっているようだけれど、本編の一部として考え、そこまできちんと読んでから各キャラごとの視点でもう一度読み返すのが個人的には楽しかった。

 

 

※以下で第9巻の内容を踏まえた登場人物や、物語の核心、描写などに言及しています。
 ネタバレ等。

 

 

 

「……あの 猥雑な恋の記憶
 なぜこの社会が恋愛を猥雑としながらも
 必須システムとしてパートナー制度を導入したのか
 いまは理解しているような気がする」

 

(吟鳥子「きみを死なせないための物語」第9巻 Extra.4『ここがキリンヤガなら、きみは』より キュヴィエのモノローグ)

 

 本多大地が嘘つきだと表現されているのを受けて、第1巻の時点からぼんやり彼へ抱いていた印象にすっかり納得してしまった。ほらっやっぱり「こういう奴」だったじゃん……っ!

 やたらと兄への距離が近いのはいったい何なのか、と思っていたら、第二パートナーとの接触に慣れすぎたか、やばい、などと番外編で述懐しており。この話には本物の生魚も登場し、人口抑制を目的にして普段の食事に生殖本能を抑える何かが混ぜられているのでは、と示唆される部分もあって、いろいろドキドキさせられた。

 もちろん、ふたりの触れ合いにもだ。

 大地の言葉に赤面したキュヴィエの表情と、ターラが顔を赤くした時の表情、とてもよく似ていた。血筋を感じた。

 

 あと、うまく言えないのだけれど、ネオテニイの始祖ソウイチロウに関しては「少女革命ウテナ」に登場する鳳暁生を強く想起させる部分があって、けれども彼が人類という種のくくりで「皆」を死なせないようにしている以上、性質はディオス寄りなのかもしれないと勝手に考えていた。

 ウテナをご存じない方には全然通じない例え話で申し訳ない……と思いつつ……。

 

「……生命がただ遺伝子の歴史の一片をあずかるだけの
 宇宙の大いなる変化のごく一片を一時的に
 管理するだけの存在なのだとしても

 俺は 愛してる」

 

(吟鳥子「きみを死なせないための物語」第9巻 Extra.5『明日も、今日もまた満ち足りた日を』より ソウイチロウの台詞)

 

 長命ゆえに短命の個人への執着を忌避するが、何かを愛さずにはいられない。だから人類という種そのものを溺愛している……ソウイチロウをそう表現したジラフの評を咀嚼する。

 決して愛がない心ではなく、むしろそれを抱ける心を持ってしまったから、苦しみもあるのだった。かつての妻、海果の面影を胸に抱き続け「人類ってのは卵子や精子のことじゃないって身に染みてわかる」彼だから。

 ここで最終話の夜が投げかけた「じゃあ きみの守りたい『人類』ってなに?」の問いが効いてくる。

 

 プロキシマ・ケンタウリへ向かうアラタたちは今、宇宙のどのあたりを航行しているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

恩田陸「私の家では何も起こらない」古の聖なる丘のその上に|ほぼ500文字の感想

 

 

 

 

 古い時代の祭祀の痕跡。

 なかでも、いわゆる「高台」に存在する遺構のことをなんとなく考えていた。元から自然の丘陵があって築かれたものもあれば、平地か斜面に土を盛って、人工の丘を形成してから作られたものもある。

 どちらにせよ「周囲より一段階高い位置にあること」自体が、そこでは祭祀の場として重要な意味を持っていたと推察されるのだった。

 

“何かがいる場所というのはあるもんさ。「何か」は分からんけど。

あの屋敷がいつから建ってるのかは知らん。かなり古いということしか。よりによってあんな場所に。丘の真上に。”


(角川文庫「私の家では何も起こらない」(2022) 恩田陸 p.115)

 

 先史時代からあるらしい丘の上に建つ、2階建ての館。この物語に登場した。

 そこで、土地に蓄積された過去の全ての記憶がデジャ・ビュとして現れ、「幽霊」に似た姿で観測される現象。

 聖地か墓地か不明だが、とにかく特別な場所だったのだろう、と作中で語られる丘の描写から私が連想したのは、先日訪れた青森県の小牧野遺跡だった。大規模な工事で作られた丘の上に、縄文時代の環状列石が残っている。

 偶然にも小説の著者の恩田陸は青森生まれの作家である。

 

 昔の遺跡は「そこに人がいた」ことを示唆する。

 時間を超えて幾人もが訪れ、去り、私もまた丘を訪れて去った。それらの記憶はどこかに蓄積されている。あるいは丘の上のさらにその上、あまねく事物を俯瞰するように、何かがこちらを見ている。

 向こうでは姿を見られることを忌避しながら、夜毎、斜面を徘徊して。

 

 

 引用部分を除いて約500文字

 以下のマストドン(Masodon)に掲載した文章です。

 

 

 

 

 

西行法師の人造人間と反魂の秘術

 

 

 

 

「……あるとき遠くへ行ってしまった友人のことが恋しく、ひどく寂しい思いをしていたので、必要な材料を集めて『友人そっくりの存在』を造ろうとした。……」

 

 こんな話がどこかに載っていたような気がして、探したのだけれどなかなか見つからない。もしかしたら「今昔物語集」だったか、他の説話集だったか……頭を捻りつつ、端から本棚を浚ってみたら、全然違うところにあった。怪異集「山峡奇談」(河出文庫)の中で紹介されていた。

 その説話「西行の人造人間」の出典は、13世紀頃に成立したとされる撰集抄で、作者不詳。また、信憑性についてもはっきりしたことは言えない。

 私はこの話の醸し出す何かが好きで、だからきっと、記憶のどこかに引っかかっていたのだろう。

 

 西行は平安時代末期に生まれて鎌倉時代後期に没した武士、かつ著名な歌人であり、出家してからは僧侶でもあった。

 彼がとても親しかった友との別れを嘆いていたとき、偶然にも「鬼が人間の骨を集めて人を造った」旨の噂を耳にし、それで自分dも真似をしてみたのだとか。

 人造人間を制作する方法は当然ながら奇怪なものだった。死人の骨(一体どこから拾ってくるのだろう)を基礎として、砒霜という薬を塗ったり、藤の若葉の糸で骨をからげて洗ったり、色々な植物の葉を揉みこんだり灰にしてつけたり。その締めくくりが、沈と香を焚く「反魂の秘術」だった。

 残念ながら西行の人造人間製作は失敗に終わったのだが。

 

 できあがった「何か」は、彼の友人に似ていないどころか、そもそも人間とも言い難いものだった。

 全体的に色が悪く、吹き損じた笛の音のような声しか発さず、内側には心もない。西行は考えた。どうにかしてしまいたいが、人の形に形成してしまった以上、壊せば殺人になってしまう気もする。悩んだ末に、それを人里離れた高野山の奥へと置いてきてしまった。

 私は想像する。深い森の奥で、人間に似たよく分からないものが何をするでもなく、ただ不思議な「吹き損じた笛の音のような」音をヒョロヒョロ発しながら彷徨っている様子を。

 春夏秋冬、周囲の色が移り変わる中でひとりぼっち、心を持たずにうろついているよく分からないものを想像する。西行が放置した、彼(仮)の姿を。

 

 しばらくして、西行は伏見の前中納言師仲卿を訪ねた。

 師仲卿は自分も過去に人間を造ったことがあり、しかもその者はいま卿相(公卿大臣)の地位にあるのだと言い、人造人間に心を与える西行の術がうまくいかなかった理由を教えてくれた。

 どうやら香には魔のたぐいを祓い遠ざけ、聖衆(生死を忌む)を集める効果があるため、最終的には焚かない方がよいのだそうだ。反魂の秘術には代わりに沈と乳を焚くべきであると言う。そして執り行う者も、7日のあいだ、飲まず食わずの状態になってから臨むのが適切なのだとも語った。

 有益な助言を得た西行だが、なんとなく無意味なことであると思い直し、以後は人造人間の製作に手を伸ばす機会もなかったらしい。

 

 この一連の流れから脳裏に浮かぶ情景や、勝手に推測できる西行の心情は、とても良い。

 まず「人造人間でも構わないから傍にいてほしい」と思えるくらい大切だった友人が、彼の心を占めていた事実に感情を動かされる。寂しかったのだろう。多くの事柄について語り合い、短くない時間を共に過ごしたその人が、突然遠くへ行ってしまって。

 また、こちらの感覚からすると生命を造るというのは一大事であり、実行する前には相当葛藤するか、結果的にやらない選択肢を選ぶだろうに、ちょうど関連する話を聞いたからということであっさり行動に移してしまえるところは面白かった。

 失敗してしまった後も、ソレを山奥に放置してきてしまうし、師仲卿の助言を耳に入れた後の反応も「人間を造るなんてまったく無益だったなぁ」のように随分とドライな感じで。

 

 この「西行と人造人間」の話を知ってから、私の心の高野山の奥地にはずっと、失敗の末に生まれた「彼」が棲みついている。

 夜な夜な、耳を澄ますと奇妙な声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

デイルマーク王国史4部作〈1〉Cart and Cwidder 感想|ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品 - イギリス文学

 

 

 

「人生みたいなものだ」そう、クレネンは言った。

「時には『この内側でいったい何が起こっているのか?』と、疑問に思うかもしれない。だが実のところ重要なのは、外からどんな風に見えるのか、そして我々がどうやって観客に見せるのか、だ。

よく覚えておきなさい」

 

“It’s like life,” Clennen said.

“You may wonder what goes on inside, but what matters is the look of it and the kind of performance we give. Remember that.”

 

(Cart and Cwidder (Dalemark Quartet) p.3 D. W. Jones Kindle版 HarperCollins)

 

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ著《Dalemark Quartet》4部作。

 先日、その第1巻である〈Cart and Cwidder (1975)〉の原著、電子版を買って読んだ。過去に創元推理文庫から「デイルマーク王国史」として日本語訳が刊行されていたのだが、残念ながら現在は絶版で手に入らなかったので。

 この巻は田村美佐子氏によって「詩人(うたびと)たちの旅」と翻訳されている。デイルマークにおける詩人(singer)とは、馬に引かせた荷車に乗って各領地を渡り歩く、吟遊詩人の呼称だった。

 

 5人家族の次男、モリルの視点で物語は進む。

 単純に歌や楽器の演奏を生業とするだけではなく、土地から土地へニュースや伝言を運ぶ役割も担っている詩人の彼らは、デイルマーク南部から北部へ至る過程の依頼で、キアランという名の人物を荷台に乗せることになり……やがて何かの陰謀に巻き込まれてしまったと知る。

 

 複雑に絡み合う糸を解き、あるいは意図的に絡ませたり、巧みに結んだりする作風の重厚なファンタジー作品で知られるダイアナ・ウィン・ジョーンズ。

 この〈Cart and Cwidder〉は4部作の序章ということもあってか、基本的に1本道だ。読者は緊張しながらもどこか安心して、物語世界に分け入っていける。たとえ起伏が大きく、あるところでは左右に曲がりくねり、ときどき遮蔽物が横たわって行く手を塞いでいる道でも。彼らの暮らす荷車(カート)の通った道筋を辿るように、歩いたり走ったりして、筋書きの先を追いかける。

 原著のタイトルにあるカート(cart)ではない方の名詞、クィダー(cwidder)は、どこかマンドリンやリュートにも似たデイルマークの弦楽器。最初は弦を爪弾くのでハープのようなものかと予想していたけれど、読み進めるうちにより正確な形が掴めてきた。

 その音色だけでなく、表面に施された装飾の描写も綺麗で神秘的。

 

The inlaid patterns on the front and arm, made of pearl and ivory and various colored woods, puzzled him by their strangeness.

 

(Cart and Cwidder (Dalemark Quartet) p.21 D. W. Jones Kindle版 HarperCollins)

 

 第1巻の見どころはいくつも挙げられるが、なかでも単純なようでまったく単純ではない人間の心模様や、人物同士の関係の描写は、やはり著者の他作品と同じように際立っていると感じる。

 たとえば自分が視界に入れている相手が、仮にこれまで長い時間を共に過ごしてきた、よく見知った存在であったとしても、内実までまるっきり目に映る通りであるとは限らない。

 言葉にしないことは他人に聞こえないもの。それゆえ徹底して態度に出さなければ、周囲の誰かに、何かを勘付かれることもほとんどないのだ。

 

 父、母、長男、長女、次男。

 常に一家5人で旅をするモリルたちの会話や様子を見ていると、改めて家族という「他人の集まり」の面白さと奇妙さを実感させられ、冒頭に引用した「人生は観客からどう見えるか、自分がどう演じるかが重要」だというクレネン(モリルたちの父)の台詞がいっそう味わい深くなる。

 今まで知らなかった家族の一面を知るのは、場合によっては恐ろしい。

 特にそれが、長らく頼りにしてきた存在、例えば両親などの実情であれば尚更ではないだろうか。いかに家族集団に属し、特定の肩書きを与えられていても、それ以前に彼らが各々別の人格を持つ一個人であるのは変わらない。

 人間にはさまざまな側面がある。長所と短所は表裏一体の関係にあり、どちらかだけをあげつらってその人の本質だと言い切る材料にはできないから、自体は常にややこしい様相を見せる……。

 明かされた真実に衝撃を受け、悲しみ、混乱し、憤っても、困難から抜け出す糸口を探そうと奮闘するモリルや姉のブリッド、兄のダグナーの描写はとても切実で生々しい。これはその世界にある、まぎれもない現実の物語だ。ページをめくる私たちにとってはフィクションのファンタジーである、と油断していると四方八方からやられる。

 

 現実というなら、作中の冒頭では夢見がちでぼうっとしていると皆に評されているモリルも、実のところ常に五感や第六感を働かせて誰より子細に周囲を見ているのだった。言葉や音を聞き、色を認識し、空気の手触りも匂いも感じている。

 時にはそこに「あるように見えるもの」よりも、ずっと多くを。

 そう、彼はしっかりと現実に目を向けているのだが、他の人間と同じような方法によって、ではない。後に同乗者のキアランがこう指摘する。

 

「大多数の人間に比べて6倍は意識がはっきりしてるんだよ、モリルは。

 さっきから俺たちが話していたことも、一言一句漏らさずちゃんと聞いていたはずだ。そうだろ?」

 

“He’s about six times as awake as most people, really. I bet he heard every word we said—didn’t you, Moril?”

 

(Cart and Cwidder (Dalemark Quartet) p.147 D. W. Jones Kindle版 HarperCollins)

 

 そんなモリルがクレネンから託された、特別な大きいクィダー。

 遠い昔、デイルマーク最後の王であったアドンの友人にして、偉大な詩人であり、魔術師でもあったオスファメロンの遺物と伝えられている楽器。鋭敏な感覚を持つ彼は、今後、それをうまく使いこなせるようになるだろうか。また、得た力をどのように行使するのだろうか。

 

 国全体を納める「王」が長らく不在で、現在は各領地の長が伯爵として、さらにそれを細分化した土地ごとに領主が権力を握っているデイルマーク。

 4部作は第2巻の〈Drowned Ammet〉に続く。

 原題だと「溺れた(沈んだ?)アメット」とでもなりそうなこの巻のタイトルは、田村美佐子氏翻訳の創元推理文庫版では「聖なる島々へ」となっていた。さて、アメットとはいったい何(あるいは誰)なのだろう。疑問とわくわくを抱いて次の巻へ!

 

 

 

 

 

 

小野不由美「緑の我が家 Home, Green Home」家という空間に入り込んでくるもの|ほぼ500文字の感想

 

 

 

 先日文庫化した小野不由美の小説「緑の我が家」を読み、以下を思い出した。

 

“文化的記号としての『家』はかつて、安全の象徴だったはずである。近代以前において、恐怖は家の外、あるいは町の外にあった。

恐怖の対象は城であり、廃屋となった修道院であり、森であったかもしれない”


(加藤耕一「『幽霊屋敷』の文化史」講談社現代新書 p.120)

 

 かつてはある種の聖域のようであったが、もはや安全の象徴ではなくなった、家という場所。

 それは18世紀、エティエンヌ・ロベールソンが幻灯機 [ラテルナ・マギカ] を用いて行った公演の、広告に書かれた文言を思わせる。彼は持ち運べる機械で室内の壁に亡霊(主に故人となった政界の著名人など)の姿を映し出すパフォーマンスを行っていた。まさに、幽霊は「いついかなるときにも、誰の家にも」現れるようになったのだ。

 しかし、それは機械によって壁に映し出される像の話。

 小説「緑の我が家」の中で切実に家を求める少年、浩志にとって、彼の現実に侵入しそれを脅かす存在は幻などではありえない。彼は家という箱が欲しいのではなく、きちんと帰ることのできる——身の置ける——場所を探している。

 

「ぼくの家」

「ぼくの帰る場所」

「ぼくの帰るべき場所」

「ぼくの帰りたい場所」……

 これらが意味するものは、全て異なっている。

 さらに浩志を脅かす怪異たちは、幻灯の虚像とは異なり、その土地と建物に根付いている。

 

 思えば「緑の我が家」のサブタイトル"Home, Green Home"は、きっとイギリスの民謡 "Home, Sweet Home" を意識したものだろう。

 後者は「埴生の宿」として知られているが、時に「楽しき我が家」と訳されることもあるのだった。その皮肉にどきどきする。

 

 

 引用部分を除いて約500文字

 以下のマストドン(Masodon)に掲載した文章です。

 

 

 

 

 

ジャック・ロンドン「白い牙 (White Fang)」環境は性格に影響する、認めたくなくても|ほぼ500文字の感想

 

 

 

 

 環境によって生物の性格が形成されることに、反感のような念を抱いていた時期があったのを思い出した。例えば「あんな風に育ったのは周りが良くなかった」という言説が、とても嫌いだったのだ。

 そのものが持っているはずの本性、また本質、とでも呼べる何かの存在を、ずいぶん信捧していた気がする……高潔なものはいつ、いかなるときでも高潔で、その反対も然り……と、信じたかったのかもしれない。

 今はもう、そう考えてはいない。

 

 作中では「粘土の性質」「粘土の性格」といった言葉が繰り返し、印象的に使われていた。では、その粘土が何によって形作られるのかといえば、世界や社会によってなのだった。

 イヌの血を引くオオカミのホワイト・ファングは、誕生してから森、人間のキャンプ、街、家、など生活する環境を次々に変え、それぞれの場所で適応力を示しながら、より胸に深く刻まれている過去の経験を常に行動の基盤にしている。

 主に恐れと、厳しさと、孤独とを。

 優しく温かな環境で育たなかった彼は、仮にそのような性質を持っていたとしても、表に出すことはなかった。ほとんど不可能だったのだ。

 生物という粘土が世界(外的要因)の手で捏ね回されるとき、顕現した形の中に、どのくらい「元」から持っていた先天的な素質が反映されているのかは、どうしても確かめようがないのだった。

 

 ゆえに、本当は優しい、とか、本当は残忍だ、などの「性格の本質」にまつわる論はすべからく不毛で、幻想に過ぎないものになってしまう。

 もとの素質を凌駕する環境は、性格に大きく影響する。私が認めたくなくても。

 

 

 約500文字

 以下のマストドン(Masodon)に掲載した文章です。

 

 

 

 

 

「夏目漱石が "I love you" を『月が綺麗ですね』と訳した」という伝説には典拠となるものがない - 曖昧なまま広まらないでほしい文豪エピソード

 

 

 

 

 

 読者の方々がすでに知っているように、このブログの管理者は夏目漱石作品を愛読していて、それらを世に送り出した作家本人にも並々ならぬ興味を持っている。とても、好きなのだ。漱石先生が。

 だからいつも残念に思っている。

 実際に漱石がそのような発言をした、という記録がどこにも残っていないのに、かなりの人々がその根拠を確かめないまま、不確かな情報の拡散に加担してしまっている事柄があることを。

 

「夏目漱石が "I Love You" を『月が綺麗ですね』と訳した」という伝説には、その典拠となる文献が、ない。

 現時点でどこにも見つかっていない。

 

・国立国会図書館のレファレンス協同データベース

 

 

 しつこいようだがもう一度書く。

「夏目漱石が、英語における "I love you" を『月が綺麗ですね』と日本語に訳した」という言説には、出典がない。

 現時点でどこにも見つかっていない。

 

 彼がいつ、どこで、さらにどのような場面でその発言をしたのかはいかなる文献にも残されておらず、ただ後世の人間が勝手に「このエピソードは有名だが……」と色々な場所で言っているだけなのだった。信憑性を担保するものが何もないために。

 単なる伝説、俗説である。

 どこにも証拠がない事柄を、さも「真実」であるかのように吹聴するのは、果たしてよいことだろうか。

 

 この出典の存在しない逸話について、定期的にそれを理解している人達が「そんな発言の記録は残されていない」と言ってくれるのは救いだった。私は漱石先生とその作品が好きな側の人間であり、ことの真偽がどうでもいいとは欠片も思わないため、いい加減にしてくださいと言いたくなる場面が多々ある。

 本来であれば他愛もない、証拠がなく噂の域を出ないはずの話が、あたかも実際にあったエピソードのように扱われ、さらにあまりにも人口に膾炙しているのである。

 自分自身も作家の残した作品以外、いわゆる文豪面白エピソードに言及(要するに消費)することがある立場であるものの、せめてそれが事実に基づいた逸話なのか、根も葉もない噂の上に重ねられたものなのかくらいは、都度調べたい。

 真偽が不明なら不明な旨を明記しなければ、出典不明の説が真実としてまかり通る。どんなことでも本当だと言い放題になってしまう。

 ありもしないことを「あった」と断言したり豪語したりはできない。

 

 なまじそれらしいだけの逸話を捏造し「有名な〜」と根拠なく話題に挙げてしまうと、驚くほど簡単に人口に膾炙する、嫌な一例。どうしてこんなにも根強いのか……。

 しかもこれ、大抵は漱石先生のことが別に好きなわけでもなんでもない人たちが拡散に加担しているから、泣いてしまう。

 出典のない逸話を広めるくらいなら、実際に残っている著作物や書簡や講義の記録から、夏目漱石自身や漱石の小説に出てくる登場人物の言葉を探してみてほしい。

 その上で、例の翻訳が彼らしいエピソードだと感じるどうかはもちろん読者の自由だ。勝手に証拠があると思い込まなければ。

 

 

 

 

 

お題「披露する機会がないけど語りたい薀蓄(うんちく)教えてください。」

辻仁成「海峡の光」と青函連絡船|ほぼ500文字の感想

 

 

 

 

 昔、青函連絡船として運行していた八甲田丸。

 青森旅行の際、現在はメモリアルシップとして保存されているその船内を見学することができたので、小説「海峡の光」を読み返した。作中では、八甲田丸と同じ連絡船だった羊蹄丸の様子が、連絡船すべての終航の象徴として描かれていた。

 

“長いこと危険だからと禁止されていた紙テープがその日は許可され、桟橋の空を華麗に舞った。船の甲板から大空目がけて投擲された色とりどりのテープは、別れを惜しむ羊蹄丸の触手のようで、……(後略)”


(新潮文庫「海峡の光」(2003) 辻仁成 p.136)

 

 八甲田丸船内のシアターでは当時の映像を見ることができ、改めて列車と貨物、人間を運搬し続けた80年の歩みを思った。

 連絡船の終航は1988年。青森―函館間の海底に、青函トンネルが開通したのが主な理由だった。

 

 作中の登場人物で頭を離れないのは、傷害事件を起こして函館少年刑務所に収監された、花井修。

 彼は模範囚として刑務所内で過ごしていたが、仮釈放や恩赦の折に問題を起こし、それを撤回される。試験にも、わざと落第する。刑務所の外にはもう出ていきたくなかったからだ。

 外の世界よりも、壁の内側に留まり規律に従う快適さと自由。そして、明確な秩序を切実に求めた彼の歪みと願いは胸を打つ。俗世からの断絶といっても、仏門に下ったり、聖職者として働いたりすることは、彼の場合は駄目だったのだ。

 刑務所という檻の中でなければ、理想の世界を実現できなかった。

 

 

 引用部分を除いて約500文字

 以下のマストドン(Masodon)に掲載した文章です。

 

 

 

 

 

緑色のミルクセーキ、甘いコーヒー、氷入りのオレンジエード:D・W・ジョーンズ《九年目の魔法 (Fire and Hemlock)》

 

 

 

 物語の中には単に美味しそうなだけではなく、妙に気になる、あるいは場面や状況も含めて印象的に描かれた食べ物や飲み物がよくある。周囲からすすめられて原著と日本語訳両方を手に取った、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの小説「九年目の魔法(Fire and Hemlock)」にも、数々の心に残る飲食物が登場していた。

 最近この作品を思い出す機会が多いのは、ブログを書いている今、10月も終わろうとしているから。

 刻々と近付く万聖節の、あるいはケルトのサウィン(万霊節)の前夜祭であるハロウィーンは「こちらの世界」と「向こうの世界」を繋ぐ門が開く日だと言われている。

「九年目の魔法」では、各章の扉で「詩人トーマス」と「タム・リンのバラッド」から1節ずつが引用されており、パラパラめくればひとつひとつがお話を読み解く助けになると分かるのだが、特に元のタム・リンの物語でもハロウィーンは重要な生贄の日だ。妖精女王が地獄へ捧げる10分の1税。果して囚われ人は、その運命から逃れることができるのか……。

 イギリスの架空の町、ミドルトンに住む少女ポーリィが経験した出来事と「いつのまにか2重になっていた記憶」は一体どこへ向かうのか、最後まで息をもつかせぬ展開と描写で、読者の心を掻き立てる作品だった。

 そんな本の中に出てきた食べ物の話。

 

 

 

 

 ちなみに、冒頭に描かれるポーリィのお祖母ちゃん宅の台所からして、もうすでに美味しそうな雰囲気が漂っているのである。

 そこは「ナッツとバターを思わせるビスケットの匂いがして、よその台所とはとても違っている」のだ、とポーリィは述懐する。また、当のお祖母ちゃん本人からもそんな印象を抱く……とのことだった。1度は訪問してみたいもの。

 

お祖母ちゃんはいつも、ポーリィにビスケットを連想させた。
さらっと乾いた、ショートブレッド風な口当たりで、隠し味があとから効いてくる。

 

(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ「九年目の魔法 (創元推理文庫)」Kindle版 (位置No.139-140) 株式会社東京創元社) 

 

  • ミルクセーキ

 ハロウィーンの日にお葬式を出していたお屋敷、ハンズドン館。仮装をして遊んでいた親友のニーナを追っていて、うっかりその中に入り込んでしまったポーリィが知り合ったのは、リンさんという男の人だった。

 ポーリィの家族に警戒されながらも親睦を深める2人は、一緒に考えた空想物語の舞台のひとつ、コッツウォルズの町「ストウ・オン・ザ・ウォーター」(これは実在するストウ・オン・ザ・ウォルドとボートン・オン・ザ・ウォーターのもじりだろう)へと出かける。

 そこのカフェ(喫茶室)で彼らが注文したもののなかに「鮮やかな緑色のミルクセーキ」があった。そう、鮮やかな緑色をしているのである。

 

ウェイトレスがお盆を持って戻ってきたが、顔に「あたしのせいじゃないわよ。注文通りなんだから」と書いてあった。
テーブルに並べたのはソフトクリーム二本、チーズ・ホットケーキ二つ、鮮やかな緑色のミルクセーキ二つ、そしてオートミール・ビスケットが一つ。

 

(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ「九年目の魔法 (創元推理文庫)」Kindle版 (位置No.1878-1880) 株式会社東京創元社)

 

 具体的にどういう味なのか、は本文に書かれていないので推測してみるしかない。

 ポーリィのお祖母ちゃんの家で飼われている猫の名前が「ミントチョコ」なので、もしかしたらこのミルクセーキも関連するチョコミント味なのかもしれない。

 後の場面でリンさんが最悪な運転能力を披露したところでも、揺れる車内で吐き気を感じたポーリィが「喉の奥に緑色のミルクセーキの味をほのかにこみ上げさせ」ているなど、強烈な色以外にもなかなか頭に残る飲み物のひとつだった。

 正直、飲んでみたい。

 

 

 

 

  • コーヒー(2度目の)

 作中でポーリィがコーヒーを飲む場面に、印象的なものが3つある。

 ここで挙げるのはいわば2度目に登場したコーヒー。初めに彼女がそれを苦手だと言っていた1度目とは、飲み物に対する印象もそうだが、ポーリィ自身の抱く心情もほとんど反対になっているのだった。

 

アンが「コーヒー飲む?」と言った。
ポーリィはいまだにコーヒーが好きでなかったが、はにかみながらうなずいた。するとアンは鞄から魔法瓶をひっぱり出し、一杯注いでくれた。温かくて黒っぽくて甘く、意外においしいのを知る。

 

(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ「九年目の魔法 (創元推理文庫)」Kindle版 (位置No.3485-3487) 株式会社東京創元社)

 

 チェロ奏者であるリンさんの結成したカルテットの一員、アン・エイブラハムが分けてくれたコーヒー。それは黒っぽくて甘く……とあるので、牛乳などは混ざっておらず、おそらくは砂糖かシロップで味が付けてあるものだっただろう。美味しそうだし、温かさも安心を誘う。

 物語で最初に登場するコーヒーは、ポーリィにとってあまり良いものではなかった。

 苦手だっただけではなく、リンさんと一緒にいたメアリという女性が少し意地悪で、まだ子供だった彼女はふたりの会話にもうまく入れなかったのだ。だからなおさら苦い思い出とともにあったこの飲み物は、アン達との交流を経て味の印象を変える。それからコーヒーを好きになった。

 さらに良い味を出しているのが、近くにいたカルテットの一員、サム・レンスキーが分けてくれた「チーズのサンドイッチ」ではないだろうか。

 ラップで包まれており、しばらくズボンのポケットにねじ込まれていたせいか、折れ曲がっているのが面白い。いつもお腹を空かせて食べ物を隠し持っているという彼も、他のメンバーと同じく、ポーリィに親切にしてくれた。

 

  • オレンジエード

 どこかで改竄されたポーリィの記憶と、リンさんとの出会い。そして「九年目の魔法」の物語そのもの……すべての発端はハンズドン館だった。

 ハロウィーン当日、女司祭に扮した仮装で黒い服を着ていたために、お葬式の行われていた館に入り込んでもポーリィは門前払いされることがなかったのだ。運が良かったのか、悪かったのか。

 内部に迷い込んだ彼女は、そこで給仕の男性に「シェリー酒にはまだ早い年齢のようだから」と、オレンジエードのグラスが載ったお盆を差し出された。

 

ポーリィは女王さまになった気がした。
いささか汚れた手をさしのべ、オレンジエードのグラスを取る。氷と本物のオレンジが一切れ入っていた。「ありがとう」と威厳のある女王らしい口調で言う。

 

(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ「九年目の魔法 (創元推理文庫)」Kindle版 (位置No.199-201) 株式会社東京創元社)

 

 エード、という言葉にはあまり馴染みがないかもしれない。これはいわゆるジュースとは違い、果汁をうすめて味をつけ、さらに甘くするなどして味を調えた飲み物。日本では昭和期にサントリー社が「オレンジエード」を販売していたこともあり、どこか懐かしい響きだと感じる層の人もいるだろう。

 緑のミルクセーキと同じく詳しい味の描写はなされていない……のも当然で、ポーリィはこのとき、オレンジエードを一切口にしていない。

 それでも上の引用部分を読んだだけで、グラスに満ちた、透明感のあるつめたいオレンジエードを構成する果汁の舌触りに思いを馳せないわけにはいかない。ひと切れ添えられた本物のオレンジも視覚的に印象深い。氷の入ったそれを、思わず唇に近づけたくなってしまう。

 

夢のような気分がとたんに消え去り、飲み物の中の氷が鳴るとともに、自分がどこにいるのか、何をしてしまったのかがわかった。ここはハンズドン館、ニーナとふたりで霊柩車を見かけた場所。 

 

(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ「九年目の魔法 (創元推理文庫)」Kindle版 (位置No.226-228) 株式会社東京創元社)

 

 オレンジエードの氷は、遺言の読み上げを聞いているポーリィの緊張の高まりと反比例してどんどん融解し、ついには完全に溶け去る。

 読者の私は不思議と、どこか自分の喉も乾いているような気がすることに思い至る。ほんのりと甘いであろう液体の味と冷たさ、ひと欠片の果肉の生々しさ、胸に刻まれたその印象は物語後半でよみがえり、誰かの台詞と共に「やっぱり口にしてはならなかったのかもしれない」と納得することになるだろう。

 日本のヨモツヘグイの伝承と同じで、死者のいる冥界に限らず、妖精の国など「別の世界に足を踏み入れたなら、そこに関係するものを食べてはいけない」言い伝えは西洋にもある。

 いわばお約束、といってもいい要素なのだった。

 

 

 

 

 

 

姿をくらます主体《円環の廃墟》J・L・ボルヘス、合わせ鏡の無限回廊《木乃伊》中島敦|小説メモ

 

 

 

 

 

 「始まり」は一体どこで、誰で、そして何だったのかという問い。

 

 

 最近ボルヘスの「円環の廃墟」を読み返したら、上のブログに去年感想を書いた、中島敦の「木乃伊」を思い出した。

 共通点を感じたのは、連綿と続く何かに対峙したとき覚える閉塞感。卵が鶏になり、その鶏が生んだ卵がまた鶏になり卵を産んで、その卵もまた鶏になる、無限の連鎖。最初にあったのが本当に卵なのか、実は明らかではない。どこが始まりであって、どの地点が終わりになるのか。そもそも起源と終焉という概念はそこに存在しうるのだろうか?

 分からない。途方もない、自分の持つ時間や意識の感覚を超越するものの前に立って感じる、奇妙な空虚さ……。

 

怯れずになお仔細に観るならば、前世に喚起した、その前々世の記憶の中に、恐らくは、前々々世の己の同じ姿を見るのではなかろうか。合せ鏡のように、無限に内に畳まれて行く不気味な記憶の連続が、無限に――目くるめくばかり無限に続いているのではないか?

 

(筑摩書房「中島敦 (ちくま日本文学 12)」(2008) 著:中島敦 p.188)

 

 向かい合わせにした鏡の間に立って、少し視点をずらしたときに見える、あの連続するイメージ。うっすらと灰緑色の覆いをかぶせられた無限回廊を覗き込む、不思議な高揚と恐ろしさ。反復する虚像、視線の先の自分と同じ像が、そっくり自分と同じ像と対峙しているような印象は起源も終焉も曖昧にする。

 その感じが、「円環の廃墟」を読んでいる私に「木乃伊」のことを思い出させたのだろう。

 共通点も感じたが、ボルヘスの「円環の廃墟」の場合はより、主体の揺らぎというものを感じさせられる気がする。たとえば私が誰かを夢見ると、その誰かが私の認識の世界に存在するに至るが、むしろ私の方もまた、誰かの夢に見られていることによって存在しているのかもしれないのだ。

 

彼の望みは、ひとりの人間を夢みることだった。つまり、細部まで完全なかたちでそれを夢みて、現実へと押しだすことだった。

 

(岩波文庫「伝奇集」(1993) J・L・ボルヘス 訳:鼓直 p.72)

 

 ひとりの人物を頭の中で創り上げる。想像し、具現化させる。物語の中で、とある魔術師の男がその望みを叶えようとした。

 冒頭で「そこ(男の郷里)ではゼンド語もまだギリシア語に汚されていない……」とあることから、私達からすると、彼が存在するのはなんとなく古代ペルシアの時代に思われる。ゼンド語というのはゾロアスター教の聖典「アヴェスター」(より正確にはその注解書)に用いられた言語で、別名をそのままアヴェスター語とも言ったからだ。

 しかし、夢というものは時間を軽々と超越する。彼が自分のいる世界に参入させる(実態を持たせる)人間のモデルにするために、夢の中で己の講義を聞いている生徒からひとりを選ぼうとするのだが、その風景は奇妙だ。

 解剖学や宇宙形状学、魔法などを解いている彼を円形の神殿に似た教室で囲んでいる学生たちは、まったく異なる時間軸や世界に生きている風にも思える……。ともかくそこからたったひとりが選ばれ、まずは男の夢の中で受肉した。

 

夢のなかの心臓は力強く、温かく、秘めやかで、まだ顔も性もはっきりしない影めいた人体の、握りこぶしほどの大きさとザクロ色をしていた。

 

(岩波文庫「伝奇集」(1993) J・L・ボルヘス 訳:鼓直 p.75)

 

 彼はやがて、生まれ出る準備のできた己の「息子」に対してこう思う。「私が行かなければ、彼は存在しないのだ」と。人間ではなく、べつの人間の夢に見られた存在で、しょせんは幻であると息子自身が気が付いてしまえば、きっとこの上ない屈辱と困惑を感じるだろうとも考える。

 しかし、それは男自身に対しても言えることだったのだ。

 最後に円環の廃墟で炎に包まれながら(ちなみに、前述したゾロアスター教は「火を崇拝する」拝火教である)男は悟る。自分は息子を夢にみて、彼を創造したが、その自分も誰かに夢みられることで創造された存在であるのだと思い至る。

 

安らぎと屈辱と恐怖を感じながら彼は、おのれもまた幻にすぎないと、他者がおのれを夢みているのだと悟った。

 

(岩波文庫「伝奇集」(1993) J・L・ボルヘス 訳:鼓直 p.80)

 

 魔術師の男を夢に見ていたのは誰だったのだろう。その人物も(「人」であるかどうかすらも判然としないが)また、おそらく誰かの頭の中で初めに作られ、受肉し、そうして何かを夢に見ていたのかもしれない。

 こうなるともう、存在の主体がどこにあるのかは完全に闇の中だ。夢想し、夢想される関係の輪が途切れずに連なっているのだとしたら、誰が最初に生まれ、何を夢見たのか。その最初の誰かだけは、夢の中から生まれ出たものではない何かだったのだろうか。

 ブログのはじめで呈した疑問が再び頭をもたげる。

 卵が鶏になり、その鶏が生んだ卵がまた鶏になり卵を産んで、その卵もまた鶏になる、無限の連鎖。最初にあったのが本当に卵なのか、実は明らかではない。どこが始まりであって、どの地点が終わりになるのか。そもそも起源と終焉という概念はそこに存在しうるのだろうか?

 

 火に包まれた廃墟が円環なら、この問いも円環となり、ひたすらに廻り続ける。

  主体の「始まり」は一体どこで、誰で、そして何だったのか……。

 そもそも、存在の主体などと呼べるようなものが本当にあるのかどうかも、私達には知りようがない。

 

 

 上のようなことを考えながらちくま文庫の中島敦を読んでいたところ、その解説で池澤夏樹氏が、中島敦作品(触れられていたのは「木乃伊」ではなくて「文字禍」だが)とボルヘスの作品の類似点について言及していたのでちょっと驚いた。

 やはりそういう印象を抱く人は自分以外にもいるらしい。

 

 

 

 

 

宮沢賢治《貝の火》のまんまるのオパール - 音もなく、氷のように燃える宝珠|近代文学と自分の話

 

 

参考・引用元:

貝の火(青空文庫)|宮沢賢治

 

 10月の誕生石には2種類あるらしい。トルマリンと、オパール。

 1990年代後半から2000年にかけて、特にトルマリンの方は「ピンクトルマリン」と色を限定して語られる場合が(なぜか)多かった記憶があり、幼少期はそれが不満だった。あのごく薄い赤紫色が、そこまで好きになれなかったからである。

 加えてトルマリンが持つ「電気石」の異称はいっそ嫌いだった。当時は電気よりも別の魔法の方が心を躍らせるものだったから。その誕生石のイメージが持つ影響で、10月生まれの人に、と書かれている贈り物の多くがうっすらピンク色を帯びているのは、ひどく退屈な現象でしかなかった。

 その頃から20年程度の時が流れ、いつのまにか上のような風潮はほとんど忘れられたらしい。私にとってはかなり嬉しいこと。

 そもそも誕生石などの「お守り」にこだわりを持つ必要など全くないのだろうが、どうしても綺麗な石には心惹かれたし、自分と宝石との間に何でもいいから繋がりが見出せるのは面白くて、よく気にしていた。石の結晶は美しい。どこか氷に似ているから。

 

 だからだろうか。結果的に、トルマリンではない方の10月の誕生石として、もう一つのオパールによく目を向けるようになったのは。他の宝石の例に漏れず、質の良いものはとても高価だし、装飾品として身に着ける必然性もなかったので、手元に実物の石はひとつもない。

 代わりに、殻の表面が虹色の真珠層に変化した、貝の化石を持っている。

 中生代白亜紀のものと推定される、アンモナイト。角度を変えるとさまざまな色の光に反射するところがオパールの雰囲気によく似ていた。きっとそれに惹かれ、化石店で手に取って買ったものだったはず。どこから眺めるかによって幾千通りにも印象を変えるから、用がなくても絶えず指の先で触って、あるいは撫でて、その色彩の推移に視線を注いでいたくなる……。

 緑、橙、時には赤から青にも変化する。氷の中で火花が散るみたいにして。

 

 宮沢賢治の短編「貝の火」のホモイもオパールの美しさに心奪われたひとり――いや、彼はウサギなので、きちんと「一匹」と言おう――だっただろう。

 ヒバリの雛を助けたのをきっかけに、鳥たちの王からホモイが賜ったのは、つややかなまんまるの石。「貝の火」と呼ばれる宝珠だが、私が持っている貝とは異なる、正真正銘本物のオパールだ。ヒバリが「薄いうすいけむりのようなはんけち」の包みを解くと(なんて魅力的な形容だろうか。薄い、煙のようなハンカチ!)その内側から姿をあらわす。

 石の中で赤い火が、つめたくちらちらと燃えている。ホモイも彼の父も、母も、それをじっと見ている。眼球の表面に石の光が映って、まるで火種からよそへ引火したように、彼らの瞳も燃える。まばたきするたびに。

 

玉は赤や黄の焔をあげて、せわしくせわしく燃えているように見えますが、実はやはり冷たく美しく澄んでいるのです。
目にあてて空にすかして見ると、もう焔はなく、天の川が奇麗にすきとおっています。目からはなすと、またちらりちらり美しい火が燃えだします。

 

 前に平塚市博物館で開催されていた、特別展の「賢治がみつめた石と星」へ足を運んだのを思い出した。どうして神奈川の平塚なのかと首を傾げていたら、宮沢賢治ゆかりの花巻と平塚が、姉妹都市の関係にあるのが理由であるらしかった。

 彼の物語はときどき、自然物の性質を巧みに抽出して紙に写し、こしらえた、分厚い図鑑の1ページのようだと思える。だからだろう、文学館よりも博物館でテーマ展示が行われるのが、これほど相応しいと感じられる近代の作家もなかなかいない。

「貝の火」に描かれたオパールの色の特徴は、火花や、天の川や、稲妻にも例えられている。日ごとに様子を変える美しさ。蛋白石の別名で呼ばれる、なめらかな灰白の地色に、燃える遊色……それを指して実際に「火」と称することがある事実が、きっと賢治の想像力を刺激したはず。

 宝珠を所持しているだけで与えられる権威に魅入られていくホモイを見て、彼の父は警告を発するが、実際にその光を目の当たりにすると溜飲を下げてしまう。

 

みんなはうっとりみとれてしまいました。
兎のおとうさんはだまって玉をホモイに渡してご飯を食べはじめました。ホモイもいつか涙がかわきみんなはまた気持ちよく笑い出しいっしょにご飯をたべてやすみました。

 

 父はまた、キツネが盗んできた角パンなど頑なに食べないと言っていたのに、貝の火が濁ったり割れたりしていないのを確かめると、安心するのか黙ってしまう。次の日の昼にはもう、気をつけろと言う以外にはあまり強く出てこない。

 なんという信頼だろう。

 貝の火の美しさと、その状態こそが「善」や「正」を示しているはずだ、という、盲目。

 実際は、貝の火が濁った時にはもう、手遅れの状態を示しているのだ。だから、そればかりを行動の判断材料にしていると足元を掬われる。貝の火がもたらした権力に目を曇らせたホモイの瞳は、最終的に白く濁り、本当にものが見えなくなってしまった。

 

 この物語で描かれているオパールの特徴は、見た目だけではない。

 話の中盤で貝の火の内側、ほんの小さな1点に濁りを見つけたホモイに対して父が「今夜一晩、油に漬けておいてみろ」と言うのだが、実際にこの宝石に対して似たようなことが行われ時がある。なぜかというと、オパールの多くは水分を含有し、それが失われてしまうと輝きに影響が出るため、乾燥を防止する試みが必要になる場合があるからだった。

 もちろん、宝石の中に、目に見える形で水が流れているわけではない。それでもオパールの性質を考えるほどに、結晶として存在するこれがいわば氷の変種のように感じられたり、その中で色彩の火が弾けていることに対して、不思議な気持ちを抱いたりする。

 自分の暮らしている世界とは別の場所に属しているものみたいで。

 

玉はまるで噴火のように燃え、夕日のようにかがやき、ヒューと音を立てて窓から外の方へ飛んで行きました。

 

「貝の火」はパブリックドメイン作品で、以下のリンクから全文が読めます。

宮沢賢治 - 貝の火 全文|青空文庫

 

 紙の本はこちら:

 

 

 

 

F・H・バーネット自伝「わたしの一番よく知っている子ども」英国から米国へ渡った作家の想像力の源泉

 

 

「言葉は、いつも十分とはいえないのですが、それに代わるものがないので使っているだけなのです。」


(翰林書房「バーネット自伝 わたしの一番よく知っている子ども」F・H・バーネット 編・訳:松下宏子、三宅興子 p.256)

 

 語り手である子どもの視点が巧みに活かされた「小公女」や「秘密の花園」など、国境を越えて愛される名作を生み出した作家、フランシス・イライザ・ホジソン・バーネット。

 昔から彼女の小説を読み続けてきたが、では著者自身について知っている事柄の数は、と聞かれればそれほど多くなかった。せいぜいが文庫カバーの折り返しに記載されている、簡素な略歴の内容くらい。何を考え、どんな紆余曲折を辿ってきたのかは、遠い国の庭園の奥に隠されていた。

 そんなバーネットは自分自身を振り返る文章を残している。この、自伝である。

 自伝、と一口に言っても色々な種類があるように、彼女の自伝にもある大きな特徴があった。副題に書かれた「わたしの一番よく知っている子ども」……原語でもほとんどそのまま "The one I knew the best of all" と表現されている、「その子 (The one)」こそはバーネット本人。

 この自伝は、彼女が「おぼえている限り最初の記憶」から、あるとき報酬が目的で出版社に送った原稿が採用され、作家としての1歩を踏み出すまでの軌跡を振り返るもの。最も近くでその動向を見守っていた子ども(=自分自身)について、まるで第三者の視点から俯瞰するように、幼少期の思い出が紐解かれていく。

 

書籍:

バーネット自伝 わたしの一番よく知っている子ども(著:バーネット / 編・訳:三宅 興子、松下 宏子 / 翰林書房)

 

 

 バーネットはこの作品について「想像力あふれるどの子にも当てはまる物語」だと語る。

 想像力。

 彼女にとってそれは一体どのようなもので、また、何によって培われたものだったのだろうか。

 本文中で語られる印象的なエピソードが幾つかあった。

 

・人形を変身させるために必要だったもの

・窓から眺める風変わりな隣人たち

・大西洋の向こうの山や森

 

 ……など。

 小さな彼女は身の周りにあるものを、たとえ大人たちの側にはそう思われていなくてもよく観察していたし、耳に入る言葉や音だって、注意深く分析していた。それが当時の家庭の状況や社会情勢など、子どもの力の及ばない事柄に起因するものであっても、色々なことに納得できる説明を見出そうと頭を働かせていたのであった。

 バーネットに限らず、子どもの頃を今でも思い出せる人の大部分はかなり似た経験をしているはず。そんな風にして心の棚に仕舞われたものたちは、後になって取り出されたり、あるいは眠ったままになったりとさまざまだ。

 彼女は時が経ってから、過去の記憶やその只中にいた自分自身……すなわち「小さな子」のことを、独立した一人の人間として思い出すようになったと語っている。

 

 

  • 物語と人形と「独り言屋さん」

 

 物語と、人形。

 この2つはほとんど同時期にバーネットの人生に入り込んできたというが、意外なことに、家族からいわゆる「絵本の読み聞かせ」をしてもらった経験はないのだそうだ。周囲にあった「茶色い聖書」と「小さな花の本」、これで文字の読み方や書き方を覚えるかたわら、どういうわけかいつも途中で終わってしまう乳母の歌の一片を聞き、その続きが聞きたいと躍起になっていたという。

 アルコールやアヘンの中毒にも例えられるほど、物語好き。

 与えられた本の数は少なく、すぐに読み終わってしまうと「それはきちんと読んでいないから」と母に言われ、新しいものはもらえなかったので、常に飢えていたそうだ。あるとき書き物机の中には仰々しい装飾の本のほか、何やらお話のようなものが書かれている本も交じっていると気が付いて以来、勝手に取り出して読むようになる。

 なかでも「詩」は印象的なものだったのか、それに影響を受け、彼女は初めて自作の詩を綴った。

 

 そして人形について。

 当時の人形はどこか不格好で表情に乏しく、胴体からおが屑がはみ出しているものもあって、お世辞にも精巧とは言い難かったとか。だからこそ、そんな代物を「まるで生きているように扱う」ためには強固な想像力が必要だった。

 頭の中で人形をヒロインに変身させて、自分はそれ以外のどんな役割も演じる。

 巧みに「ふり」をすることで想像の世界を現実に顕現させてしまうと、周りの人間には同じものが見えないせいで誤解される場面もあったらしい。人形を階段の柱に縛り付け、ひもでムチ打っている(無論、そういう「お話」の中の一幕をバーネットは演じていただけなのだが)ところを見た母親は度肝を抜かれたに違いない。

 彼女の空想好きは周囲に知られることとなり、やがて「独り言屋さん」とからかわれるようになってからは、あまり他人がこの「ふり」に気が付かないよう用心する習慣がつく。

 それくらい、何かのつもりになるのは大切な行為だったのだ。

 

すべての子どもは、何でも「ふりをする」ことのできる妖精の国に入る権利を持っているに違いありません。

 

(翰林書房「バーネット自伝 わたしの一番よく知っている子ども」F・H・バーネット 編・訳:松下宏子、三宅興子 p.61-62)

 

 

 

  • 煤だらけの街:イズリントン・スクエア

 

 イズリントンという地名はイギリス国内に数多くあるが、ここでバーネットが言及するイズリントン・スクエア(Islington Square)はマンチェスター、サルフォード地区にあったもの。彼女が「エデンの裏庭」と呼んでいた美しい庭のある家から、一家はこの、煤(すす)がうっすらと降り積もる街へ移り住んだ。

 理由の一つに収入の低下が挙げられる。著者が4歳の頃に父親が亡くなって以来、母親は事業の運営に手を焼いていたが、あまり得意ではなく軌道に乗らなかったようだ。

 当時のマンチェスターは綿織物を一大産業に据え、製造の中心地として大変な隆盛を誇っていた。資産家も、中産階級も、労働者も、扱うのはすべて綿。そんな街に暮らし、ときどき「裏通り」の人々を眺めるようになったバーネットは、知らなかった世界がすぐそばに広がっている事実に思い至る。

 飛び交う風変わりなランカシャーなまりの英語や、自分とは違い、まだ幼いのに働きに出なければならない子どもたち。それらに触れて、彼女は認識の世界を広げた。

 

自分とは異なった世界の人びとが大勢住んでいる通りに囲まれて暮らしていると、想像力の糧となるものが沢山ありました。
その世界では、習慣や礼儀作法や言葉が、ある意味で全く異質でした。

 

(翰林書房「バーネット自伝 わたしの一番よく知っている子ども」F・H・バーネット 編・訳:松下宏子、三宅興子 p.61-62)

 

 あるときそこで見かけた印象的な女工の少女は、後にバーネットの小説に登場する炭坑の少女のモデルにもなっている。

 それから近くにあった大邸宅の、ふだんは鍵がかかって放置されていた庭にある日入り込み、内側を探検した経験は読者に「秘密の花園」を連想させる出来事だ。ランカシャーなまりの言葉を覚えたがっていたエピソードからは、クレイヴン氏の屋敷の近くでディコンに出会ったメアリが、彼のヨークシャーなまりに影響を受けた描写も頭に浮かぶ。

 イズリントン・スクエアでの生活は彼女の胸にも特別な時代として刻まれていたことだろう。

 

 ちなみに、私が個人的に好きだったのは広場の真ん中にあったランプ・ポスト(街灯)の話。

 アンデルセン作品の愛読者だったバーネットは、そこに設置されていたランプ・ポストを短編「古い街灯」に登場するものに見立て、いつも見守っていた。ガス灯なので朝と夕、点灯夫がやってくる。明治大正期の日本では点消方と呼ばれていた職業。

 てっきり点消方のように長い棒を使って火を灯すのかと思いきや、あちらの点灯夫は細い梯子をかけてあっという間に駆け上り、芯に炎を宿して地上まで戻ってくる。淡々とこなされている仕事の風景は不思議なくらいに幻想的だった。

 

  • 海の向こう、テネシーの小さな村へ

 

 至るところに「綿業王」が生まれたほど栄えていたマンチェスターの産業は、ある日凋落する。それは綿製品の需要の問題ではなく、材料となる綿花が、イギリス国外……なかでもアメリカ南部から輸入できなくなったことに端を発するものだった。

 最も大きな原因はアメリカ南北戦争。そのあおりを受けて綿花の仕入れは大幅に滞り、工場の操業が停止され、今まであった仕事がすっかりなくなった。「ランカシャー綿花飢饉(Lancashire Cotton Famine)」による恐慌の到来である。幸いにもバーネット一家は戦争の終結まで持ちこたえられたが影響は後を引き、その後、アメリカに住んでいた親戚からこちらへこないかと誘われた。

 一家の長男と次男、2人の働き口を現地で見つけてくれるという申し出は魅力的なもので、悩んだ末に渡航は決定される。生まれ育ったイギリスの地を離れ、バーネットは後にアメリカ国籍を取得して、アメリカ人として暮らした。これがそのきっかけだったのだ。

 

 兄たちの仕事が見つかったは良いものの、収入は相変わらず乏しく、常にお金の足りない暮らしは続いた。それでもテネシー州の村では、イズリントン・スクエア時代よりも必要なものが少なく、なんとかやりくりをしていけた状態だったのだという。

 また、そこには幼いバーネットが初めて出会う広大な本物の森と山、工場の煙とすすに遮られない、太陽の光があった。

 テネシーでは以前と同じように「ふり」をする必要には迫られず、眼前に広がる本当の風景の美しさを享受し、自分が肉体を持った存在であることをすっかり忘れて原っぱを駆けずり回ったと語られる。

 それでも貧困は苦しく、毎日が気楽とは程遠い。

 どうにかして収入を得られないかと策を巡らせた彼女が思いついたのは、雑誌に「物語」を寄稿することで……。

 

 その考えを馬鹿にしない、信頼できる2人の妹・イーディスとエドウィーナの協力も得て、バーネットが執筆して編集部に送った短編「ハートとダイヤモンド」は、喜ばしいことにささやかな原稿料に変わった。

 そこから彼女の作家としての人生がスタートし、ここまで「小さな子」として回想されてきたひとりの少女の物語は、いったん幕を下ろすのである。

 

「子どもというのは、持ち運んでいる小さな品物を悪気なく壊すかたわら、見たり、聞いたりしたことを、本当にはわかっていなかったとしても、納得のいく説明を見つけようと頭を働かせ、あとで参考にしようとして、その幼いこころの棚に、せっせとしまい込んでいるのです。」

 

(翰林書房「バーネット自伝 わたしの一番よく知っている子ども」F・H・バーネット 編・訳:松下宏子、三宅興子 p.8)

関連:

 

 

 

 

 

はてなブログ 今週のお題「最近おもしろかった本」

中島敦の《狼疾記》- 人生の執拗低音として常に鳴り響く虚無感、不安と「臆病な自尊心」|日本の近代文学

 

 

 

参考・引用元:

狼疾記(青空文庫)|中島敦

 

 

 山中を、1匹の野生のオオカミが全力で疾走している……。足音と激しい息遣いを周囲に響かせて、森の藪の奥を目指し。

 私が以前「狼疾記」という題名を目にして、すぐ頭に浮かんだのはそんな情景だったが、実際の意味は異なっている。狼疾、の熟語は心が乱れているさまや、ものが乱雑になっている状態をあらわす。また、自らを省みることができない人間を指してそう形容する場合もある。一説によると、本当に病んだオオカミの振る舞いが由来だとされているらしい(学研漢和大字典)。

 中島敦の短編「狼疾記」は、それにまつわる孟子の言葉の引用から始まっていた。

 

養其一指、而失其肩背、而不知也、則為狼疾人也。

 

 たった1本の指に意識を向け、そのせいで、より大きな肩や背を失うことになってもなお気が付かずにいる者。些事にかまけて大局を見失う様子。それを、狼疾と呼ぶのだと。

 作中では、語り手の「三造」が。加えて彼に重なる著者の中島敦自身も、本人の言葉によれば、狼疾に囚われた者にあたるのだろう。

 では彼の狼疾は、どんな種類のものだったのか。そして、現代文の教科書によく取り上げられる同作者の「山月記」とこの短編との関連は、一体どの部分に見られるのだろうか。

 

目次:

 

《狼疾記》中島敦

  • 不確かな世界と存在への懐疑

 三造はいつも考えていた。自分はどうしてこの世界に、他ならぬこの「自分」として、生まれてこなければならなかったのか? と。

 俺という存在が、どうしてもこの俺でなければいけない謂れは、あるのかないのか。

 

その頃三造はこういうものを――原始的な蛮人の生活の記録を読んだり、その写真を見たりするたびに、自分も彼らの一人として生れてくることは出来なかったものだろうか、と考えたものであった。
確かに、とその頃の彼は考えた。確かに自分も彼ら蛮人どもの一人として生れて来ることも出来たはずではないのか?
そして輝かしい熱帯の太陽の下に、唯物論も維摩居士も無上命法も、ないしは人類の歴史も、太陽系の構造も、すべてを知らないで一生を終えることも出来たはずではないのか?

 

 その問いに完全な答えを提供できるものはないし、誰にも、何にも、整然と理由を説明することができない。また、現在目に映っている周囲のものが、なぜそのような形を取っているのか…… 根拠となる理屈を並べたところで「では、そもそもその理屈がこの世界に存在するのはなぜなのか」への答えには、決してならないのだ。

 自分の意識が宿っている(ように思える)自分の身体。親があり、そうして己が生まれたことの、運命や偶然とも呼べる巡り合わせ。

 ゆえに何かがひとつ違えば、異なる惑星や、異国や、あるいは同じ場所に住んでいるまったく別の存在として、自分が誕生する可能性も実はあったのではないか。

 どうして、自分は現在の自分として在るのだろう。自分が自分でなければならない理由はないのか。本当に成り行きの、偶然の結果であったのか。その疑念は彼の頭の中に常にあった。

 

周囲の凡てに対し、三造は事ごとにこの不信を感じていた。
自分を取囲んでいる・あらゆるものは、何と必然性に欠けていることだろう。世界は、まあ何という偶然的な仮象の集まりなのだろう!

 

 何かがこの世界に存在すること、また存在自体の不確かさは、人間が己の意思とはまったく関係のないものによって規定され、支配されているような感覚を抱かせる。偶然なのか宿命なのか、得体の知れない現象としての誕生。

 私達は自分がどのように生まれてくるか選べない。元がどんな姿形でありたいかも選べない。しかし、ただ生命は地球上にあり、生まれては死んでいく。なぜ、という根本的な理由を宗教以外の場所には見いだせないまま。

 その恐ろしさ。居心地の悪さ。

 

 そういった「形而上的な問題」について一切考えなければいいとか、とにかく実生活のみを勘定に入れて行動すればいいとか、思考を停止する選択肢を簡単に選べるほど三造は馬鹿ではない。思慮の深さも持っている。

 古今東西の著名人が残したどんなに前向きな言葉に触れたところで、存在に対して「なぜ」と問い続ける、胸の内の声は消えることなどなかった。

 

その他、ジイドの『地の糧』だの、チェスタアトンの楽天的エッセイなどが、何と弱々しい声々で彼を説得しようとしたことだろう。
しかし、彼は、他人から教えられたり強いられたりしたのでない・自分自身の・心から納得の行く・「実在に対する評価」が有ちたかったのだ。

 

  • 根源的な虚無感

 上の懐疑心と世界への不信感が、どこで何をしていてもふとした瞬間に顔を出す、根強い虚無感へと繋がるのだった。

 三造が作中で主調低音(グルンド・バス)と呼んでいるもの。音楽用語では執拗低音や固執低音ともいい、文字通り、低声部に置かれた同型の音を何度も繰り返す演奏を指す。

 生活の中で常に拭い去れない虚無感の表現としては、かなり的を射たものではないだろうか。身に覚えがある人もきっと少なくないだろう。普通に楽しい時間を過ごしていたはずなのに、突然何もかもが虚しくなったり、意味のなさに絶望してしまったりする。

 実のところ虚無感の音色は常に心に響いている。ただ、その音に耳を向ける場面があるか、ないかの違いだけ。三造が虚無に気が付くきっかけとなったのは小学4年生の折、あるひとりの受持ちの教師が口にした事柄であった。

 遠い未来には、おそらく地球という惑星も、太陽も滅びるであろう……という話だ。

 

地球が冷却するのや、人類が滅びるのは、まだしも我慢が出来た。ところが、そのあとでは太陽までも消えてしまうという。太陽も冷えて、消えて、真暗な空間をただぐるぐると誰にも見られずに黒い冷たい星どもが廻っているだけになってしまう。
それを考えると彼は堪らなかった。それでは自分たちは何のために生きているんだ。

 

 自分はいつか死ぬし、他のあらゆるものも時が来たら死に絶え、脈々と受け継がれた物事であっても遠い未来にはことごとく消え失せる。生き物だけではなく星にも寿命はあるのだ。

 どんなに積み上げたものも、いつかはすべて無くなる。

 そこに何らかの意味や理由があればまだよかったものを、それは誰にも把握し得ないのだという。万事が得体の知れない不確実な世界。理解できないのなら理解できないなりに「人知の及ばない大きな存在」へ身を任せてしまいたいが、それすらできないのだから行き詰まる。

 この「世界に対する不信」はもはや観念論というよりも、感覚として、己のうちにこびりついているのだと三造は考えた。

 

 

 

 

自分は死んでも地球や宇宙はこのままに続くものとしてこそ安心して、人間の一人として死んで行ける。それが、今、先生の言うようでは、自分たちの生れて来たことも、人間というものも、宇宙というものも、何の意味もないではないか。
本当に、何のために自分は生れて来たんだ?

 

 この虚無感には「そこから目を逸らす」以外の救いが存在しない。ゆえに、物事を真正面から真摯に考える人間との相性は、すこぶる悪い。下手を打つと実生活にも身が入らなくなる。

 世の中の多くの人間は、考えても仕方がないことは考えない、という処世術で、日々をどうにか平穏なものにしようと試みている。しかし、その欺瞞を良しとはできない場合どうしたらいいのだろう。

 他人が大して気にしていない事柄に頭を悩ませている三造は、自分はどこかに不具合のある、異常な人間なのではないかと疑った。同時に、酒や恋愛で身持ちを崩す人間は沢山いるのだから、虚無感で身持ちを崩す人間も必ずいるはずだろう、と思うこともあった。

 彼が作中、博物標本室に座って読んでいる小説……フランツ・カフカの「窖(あな)」(現代の邦訳だとタイトルが「巣穴」と表記されていることが多い)の内容は、その強迫観念に重なる。何か、正体の分からないものに常に脅かされ、危険につきまとわれているような心。

 

アルコオル・ランプ、乳鉢、坩堝、試験管、――うす碧い蛍石、橄攬石、白い半透明の重晶石や方解石、端正な等軸結晶を見せた柘榴石、結晶面をギラギラ光らせている黄銅鉱……
(中略)
それら無言の石どもの間に坐って、その美しい結晶や正しい劈開のあとを見ていると、何か冷たい・透徹した・声のない・自然の意志、自然の智慧に触れる思いがするのである。

 

 個人的には上の標本室の描写も好き。

 不確かな世界にあって、自然物が何らかの「法則」と呼べるものに従って形成された痕跡を見ることができるのは、ある意味では小さな安寧をもたらす。石の結晶、整った姿。植物の細胞の並びや、葉っぱや花びらの生え方。

 得体の知れないものにすべてが支配されている恐怖と虚無感は、そういった自然物の美しさに惹かれている瞬間だけ、人知を超えて世界を規定している「何か」への信頼に似たものに変わる。しかし、すぐに幻想として失われてしまう。

 

  • 「山月記」との関連 - 臆病な自尊心

 さて、この三造なのだが、どうやら女学校で博物の講師をしているらしい。同じく女学校に勤めていた時期のあった著者、中島敦本人と重なる。

 学問における名誉の獲得と名声を求めるよりも、生活の安定の方を優先した選択を、三造自身はうじうじした生き方だと言っている。

 そして彼はまた、臆病な自尊心についても語った。さながら、「山月記」で心情を吐露した李徴のようにだ。

 

今に至るまで治りようもない・彼の「臆病な自尊心」もまた、この途を選ばせたものの一つに違いない。
人中に出ることをひどく恥ずかしがるくせに、自らを高しとする点では決して人後に落ちない彼の性癖が、才能の不足を他人の前にも自らの前にも曝し出すかも知れない第一の生き方を自然に拒んだのでもあろう。
とにかく、三造は第二の生き方を選んだ。

 

 自分の虚栄心を自覚する彼は、どんなに優れた著作を読んでも満たされることのない心の隙間が、己に向けられるちょっとした賛辞・褒め言葉によって確かに埋められる感覚に気が付き、愕然とする。虚無感に囚われている俺は、一方で、そんなにちっぽけなものを求めずにはいられないものなのかと……。

 同時に、そんな風に周囲から認められたい思いがあるのならば、なぜ学校の生徒や同僚以外に他人と接触しない、半ば隠遁のような生活に身をやつしているのだろうかと疑問を抱く。

 そう、そこに臆病さは隠れている。世間には知られたい。だが、世間に出れば、自らの才能の欠如を無様に露呈してしまうかもしれない。誰にも評価されないことが恐ろしい。ならば世間に出なければ、嘲笑されることもないではないか、と。

 俗に交わることを嫌った李徴の「臆病な自尊心・尊大な羞恥心」は三造の中にも巣食っていた。

 

オデュッセイアと、ルクレティウスと、毛詩鄭箋と、それさえ消化しかねるほどの・文字通りの「スモオル・ラティン・アンド・レス・グリイク」と、それだけで生活は足りると思っていた俺は、何という人間知らずだったことであろう!
杜樊川もセザアル・フランクもスピノザも填めることのできない孔竅が、一つの讃辞、一つの阿諛によってたちまち充たされるという・人間的な余りに人間的な事実に、(そして、自分のような生来の迂拙な書痴にもこの事実が適用されることに)三造は今更のように驚かされるのである。

 

 三造は李徴と違って、虎に変わってしまうようなことはなかった。

 しかし作中で「人間は竟に、執着し・狂い・求める対象がなくては生きて行けないのだろうか」と脳裏でつぶやいているところを見ると、もしかしたら虎に変わってしまうくらい、熱烈に何かに狂いたかったのかもしれない。

 狼疾は字面の如く、病んだオオカミのように心を食い荒らす。

 どんなに内心でもう一人の自分との問答を重ねたところで、葛藤は消えはしない。

 根源的な虚しさが恐ろしい。世間に自分の名を知らしめ、才能を評価されたい、でも賞賛されなかったらと思うと1歩が踏み出せない。

 

その他の場合でも、何故もっと率直にすなおに振舞えないんだ。悲しい時には泣き、口惜しい時には地団太を踏み、どんな下品なおかしさでもいいから、おかしいと思ったら、大きな口をあいて笑うんだ。
世間なんぞ問題にしていないようなことを言って置きながら、結局、自分の仕草の効果をお前は一番気にしているんじゃないか。

 

 自分をこう責め苛む声に、三造は悩み続けた。

 李徴は、虎になった。

 そして中島敦はパラオから帰還した後、自分の著した2つの短編(「山月記」と「文字禍」)をあわせた「古譚」が、幾人かの推薦で雑誌「文學界」に掲載されたことを知る。その存在がようやく世間に認知され、少しずつ名声が高まっていくきっかけとなる出来事だった。

 

「狼疾記」はパブリックドメイン作品で、以下のリンクから全文が読めます。

中島敦 - 狼疾記 全文|青空文庫

 

 紙の本はこちら: