雨は地面に潤いをもたらすかたわら、私からは色々なものを奪っていくようだ。外出先で突然降られた時などは特に。冷たい水滴が叩く頭髪や顔、徐々に湿って重たくなる上着……そうして増えた質量のぶんだけ、体温と一緒に何かが失われていく気がしてならない。…
茂る木立の葉に囲まれて、建物の白い壁に落ちた影はほんのりと蒼く、展望台のように屋根から突出している部分を見上げれば奥に空が広がっていた。窓から漏れる明かりが際立つ橙色なのも、計算されてのことだろうか。原美術館は、財団法人アルカンシェール美…
わりとよく足を運ぶ公園の片隅で、また新しい宝物を見つけたような気分になったけれど、すぐそれはあまりに傲慢な意識だと思いなおす。だって、昔から幾度となくこの前を通っていたのにもかかわらず、中を覗いてみようともしなかったのは自分の側なのだから…
朝を迎えてみると、やる気と呼べるものの全てが残らず失せている。どんなに活動的な気分も払暁には消えてしまう。静かな夜の中では深く考えられることや、そこから実際に行動にうつせることが、それは沢山あったのに。たとえ夜間に十分な睡眠をとっていても…
神社の正面から境内を出て道を辿り、まっすぐに三の鳥居、二の鳥居と順に出会って、一の鳥居が視界に入る手前で右折をする。交差点に看板があるので分かりやすい。そこからしばらく歩くと、テニスコートとプールの向こうに「それらしい」建物の影が見えてき…
どうにも幸先の悪い日というやつは、いちど地面に落としたパンみたいなものだ。決して食べられない訳じゃない。けれど付着した砂を払っても、あるいは乾かしてみても、地面に落ちて汚れた事実だけは消えない。名前も知らない、体によくない物質が残っている…
客の要望に応じて商品を奥から出してくるのではなく、あらかじめ店内に陳列しておく新しい販売の形態。また購入に際して、値段の決定に交渉を必要としない、いわゆる現金掛け値なし。現代においては当然でも、当時は画期的だった営業の仕方の源流は、他なら…
この物語は、現代のイギリスを舞台とし、架空の誘拐事件を扱ったサスペンス・スリラー小説だ。イギリスの作家、サム・ロイドのデビュー作である「チェス盤の少女」の原題は、ザ・メモリー・ウッド(The Memory Wood)。直訳すると「記憶の森」になる。英国ハ…
お盆の風習のひとつに精霊馬(しょうりょうま)というものがある。キュウリやナスに木の棒の足を刺して、動物の牛と馬をかたどった、一種の供物。私の住んでいる場所では比較的多く見られ、幼い頃から自然とその存在を認識していたからか、日本国内でも地域…
ひとりの人間が抱ける限界まで膨らんだ大きな感情。それが動かされるとき、私たちの眼前に目を瞠るほど美しい紋様を綾なすのは、特定の物語の中だけだ。現実ではありえない。よく似たものはたくさんあるが、残念ながら、そのうち九分九厘は偽物なのである。…
著名なところでは、三代目歌川広重や小林清親。そして、他にも同じ明治を生きた多くの浮世絵師たちが残した、旧新橋停車場のようす。新橋停車場は、1914(大正3年)に東京駅が開業した折、汐留駅と改称することになった。その跡地に立てられている駅舎は、紙面…
夏目漱石が1908(明治41)年に発表した短編小説《文鳥》。初めて読んだときは冒頭から中盤にかけて、これは作中の「自分」が文鳥を飼うこととその様子を、淡々と繊細に描写した話なのだろう……と勝手に思い込んでページをめくっていた。実際、そんな感じで物…
ある街や都市の内外を行き交う人間の役割を表現するのに、しばしば血液という言葉を使っている。張りめぐらされた道を血管に見立て、時には内臓のような建物に流れ込み、あらゆるものを機能させる彼らの様子をたとえて。そう考えれば、大きな船はそれ自体が…
「しばらく鬱状態だったけれど、○○をしたら症状が大幅に改善した! 他の皆もそうするべき」とか、「こういった工夫をすれば精神の状態が安定する」みたいな発言が世間でやたらともてはやされるのに、心底うんざりしていませんか。私はしている。もう、大いに…
柳広司による小説作品「D機関シリーズ」。現在、角川文庫から既刊4巻が刊行されており、2016年4月からはProduction I.Gによって制作されたアニメーション(全12話)も放映されていた。それから今年でちょうど5周年を迎える。私は基本的に原作のファンなのだ…